第54話 さらなる闇と一条の光明

 A級冒険者のパーティが全滅する様を目の当たりにしたサファイアは懸命に頭を働かせていた。


「ふふふふふ。あと五人ですか…。もったいない…。もっと楽しませてくれないと…」


 サディスティックな笑いを顔に張り付かせながらゆっくりとこちらに顔を向けるエルダーリッチ。先ほどの閃光を喰らえば誰一人として助からない。サファイアは賭けに出ることを決めた。この方法がいいのかは分からない。だが何かしなければあと数分で全員死亡することが確実である。極限状態のサファイアが捻り出した言葉であった。


 そうすればプレスが来てくれるかもしれない…。それに一条の光明を託して口を開く。


「控えろ、魔物よ。こちらにおわすはエルニサエル公国大公イサーク=ラーゼルハイドが実子トーマス殿下とユスティ殿下である。お二人は継承の儀を行うためこのダンジョンに入られた。『破邪の首飾り』があったために最下層への道が開かれた。我らは継承の宝玉を得る責務がある。宝玉を得るまで我らの命を永らえさせることにそなたとしての危険などあるまい。どうだろう?せめてお二人に宝玉を得る機会を与えてはくれまいか?」


 言っていることは滅茶苦茶であるとはサファイアも理解している。魔物が継承の儀などに興味を持つはずがない…。そう思っていたのだが魔物の様子がおかしくなる。


「王子様でしたか…。そうでしたか…。破邪の首飾りが王家に戻り、継承の儀が行われていましたか…。私としたことが…。あと数年は必要かと思っていたのですがね…」


 独り言なのか聞かせたいのか黒いローブを纏った者は口を開く。フードを被っているため顔どころかどこを見ているかもよく分からない…。


「あなたがユスティ殿下でしたか…。お初にお目にかかります。闇の魔工師ファウムと申します。継承の儀が行われていたとは存じ上げませんでした。それは僥倖です。我々は継承の儀を行って頂きたくこれまで活動させて頂きましたので…。はい…。シーラル夫人は実にうまくおやりになったようだ…」


 その言葉に顔色を変えるユスティ。


「なぜ?なぜ、お母様のことを知っているのですか?」


「ふふふふふふ。そうですね…。今日は良き日になりました。少しお話をして差し上げようか…。いろいろとお話しできないこともありますが我々は破邪の首飾りと継承の宝玉が欲しかったのですよ…。継承の宝玉は継承の儀を行わない限り手に入れることが出来ない…。これは我々にもどうすることも出来ませんでした。そしてそもそも近年は継承の儀が行われていない。そんな中、継承の儀に必要な破邪の首飾りまでもが王室から姿を消してしまった…。ほとほと困っていたのです。破邪の首飾りのことは置いておくとしても我々は継承の儀を行う機会を探しました。そんなときトーマス殿下とユスティ殿下を知ったのです。お二人が争えば継承の儀が執り行われるだろうと…。ふふふふふふふ」


「なぜ、そこにお母様が関係するのですか?」


 青ざめた顔のまま必死に言葉を紡ぐユスティ。


「ユスティ殿下は覚えていらっしゃらないでしょう。トーマス殿下は覚えているかと…。十年ほど前…、ユスティ殿下が高熱を発し、生死の境を彷徨われたことがあったかと存じます」


「!!!」


 トーマスが驚きの表情を浮かべる。確かにそんなことがあった。第二夫人のシーラルが泣きながら神に祈っていた姿をトーマスは覚えていた。


「あの発熱も我らの策でしたが、その時にシーラル様とお約束したのですよ…。ユスティ殿下に継承の儀を受けさせ大公にするのであれば命を助けようと…。それを守らなければ息子はいつでも命を落とすと…。それを守ったらしい…。人族とは実に愚かだ…。ふふふふふ…」


 サファイアはプレスが最初からなぜユスティを無理やりにでも大公にするのか疑問視していたことを思い出していた。そして同じくシーラルが息子を危険の伴う継承の儀に挑戦することに反対しなかったことを気にかけていたことも…。シーラルは息子の命のためこの者達の力を借りたらしい。母の思いに付け込んだ陰湿な陰謀であった。


「さてお話はここまでです。どうぞ…。継承の儀を執り行い下さい…」


 恭しく頭を下げる魔物を前にトーマスとユスティは顔を見合し決断する。


「「お断りさせて頂きます!」」


 力強く答える二人を前に魔物は目を剥く。


「なに…?なんとおっしゃいましたか?」


 トーマスが代表して答える。


「継承の儀を行ってしまえばあなたは我々を殺すでしょう!それくらいは分かります。そんなことはできません!」


「我らとしても悲願が間近だと言うのにそんなことをおっしゃいますか…。もう一度だけご提案します。継承の儀を執り行いなされ…」


 精一杯の譲歩という雰囲気を出し魔物が語り掛けるがトーマスとユスティの答えは決まっていた。


「「お断りします!」」


「では…。仕方ありません」


 そう言った魔物が手を振ると…


「ぐっ!!」


 サファイアが見えない何かに首を絞めつけられながら宙を舞う。カダッツやミラは動くことも出来ない。


「サファイア!」


 トーマスの叫びはサファイアに届いただろうか…。


「あなたがこの女騎士に好意と信頼を寄せていることなどあなたの行動を見れば明らかです。殿下には死んで頂くわけにはいきません。でもこの女の苦しむ姿を見ても意地が張り通せますかな…?」


あああああああああああ!


魔物の言葉を遮るかのように見えない刃で右足を切り落とされたサファイアの叫びがこだまする。トーマスとユスティはその返り血を浴びてしまう。


どさり。


ユスティが気を失う。トーマスはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。魔物は面白いおもちゃを見つけたようにサファイアの躰を屠り始める。悲鳴がこだまする…。もうどうにもならない…。もう何も考えられなかった…。


 その頃…、ついに…。



 空間を覆う魔法陣の光が消えてゆく…。


「我はプレストン。古より伝わる術法と神々を滅するものロード・オブ・ラグナロクの名の下に汝を我が眷属とせん!」


「我が名はティア!神々を滅するものロード・オブ・ラグナロクことプレストンの眷属なり!」


 光がグレイトドラゴンだったものに吸収されてそして消えた。


「こ、これが神々を滅するものロード・オブ・ラグナロクの力…」


 そこにいたのはグレイトドラゴンではなかった。さらに逞しくそして凛々しくなったその姿は神々しい威厳を湛えている。


「この感じは…。ええっと……、もはや竜という種族を大きく超越した何かだよね…」


プレスも達観したかのように呟く。その手には光り輝く長剣が握られている。


「凄いな…。魔力の消費を全く感じない…。ティアのおかげ?」


「ふむ…。我と魔力回路が繋がっておるからな…。我の無尽蔵の魔力が主を助けているのだろう…」


「なるほど…」


今になってプレスはこの従魔術の凄さを思い知る。そのときサファイアの悲鳴が聞こえたような気がした。


互いに顔を見合わせたプレスとティア。プレスが語り掛ける。


「話は後だな…。ティア!行こう!お前の借りをそいつに返す!おれも聞きたいことがあるしな!」


「主の心のままに!」

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