第53話 絶望の淵
A級冒険者のパーティは戦闘の構えを見せる。しかし目の前の魔物らしき存在はフードを目深にしたままちらりと視線を上げると肩を震わせ始めた。
「おっと!変なマネなどはしないことをオススメします。ま、しても何も起こりませんけどね…ふふふふふふ…」
何が可笑しいのか黒のローブを着たものは笑い続ける。
「ちなみにあなた方が攻撃をしてきたらもちろん私も反撃しますよ。ふふふふ。そうだ…。ここでお会いしたのも何かの縁だ…。自己紹介でもしましょうか…。ふふふ。我が名はファウム。闇の魔工師ファウムとお見知りおきください…。魔工師を名乗っていますが私は魔物です。そうですね…。あなた方が知る名前だとエルダーリッチが一番近いでしょうかね…。あ、もちろんその辺に居るエルダーリッチと同じとは思わないことですな…」
「!!!」
A級冒険者のパーティが固まる。エルダーリッチは厄介な魔法を扱うリッチの中でも特に魔力行使に優れた魔物の呼称である。
リッチは高位のアンデッドの中でも最も厄介な魔物として知られており、リッチが相手の場合、S級冒険者が複数で構成されたパーティが討伐に選ばれた。その上位であるエルダーリッチはSランク最上位に数えられる魔物と言えるだろう。さらにこの魔物は言葉を話す…。通常に知られているエルダーリッチとは次元が異なる強さの魔物と考えてよい。先日カーマインの街に現れたダークリッチから見れば下位ではあるがA級冒険者が太刀打ちできるものではない。
サファイアもトーマスとユスティを護る様に剣を抜いているが魔物の言葉に戦慄していた。固唾をのむ人族たちを相手にファウムと名乗ったエルダーリッチはさらに語りかけてくる。
「そうはいっても私は争いを好む魔物ではありません。ここには我々の秘密がありまして…。私としてはあなた方にこのダンジョンのことを忘れて頂ければそれでいいのですよ…。私の実験的な魔道具を使わせて頂きあなた方の脳をすこーし弄らせて頂ければ記憶を消去できる公算が高い!いかがでしょう?それで手を打ちませんか?私としては実験ができることがなによりも幸せなのです。もちろん魔道具での施術が上手くいかなくて廃人になる可能性はありますがね…。ふふふふふふ」
とんでもない提案を行ってくるエルダーリッチ。
「そ、そんなもの…、う、受け入れられる訳がないだろう!!」
勇者候補のプレストンが答える。
「ふふふふふふ。いえいえ…。それでしたら…。ここで一戦交えるという結論であっても私は一向に構いませんが…。本当にそれでよろしいのですか…?」
勇者候補のパーティが固まる中、沈黙を破ったのはサファイアだった。
「頼みがある!我々だけで話し合わせてもらえないだろうか!?」
全員の視線が集まる。
「ほほぅ。面白い提案をする方ですね…。ふふふふふふ。いいでしょう。このファウム、仲間内では話が分かる魔物として通っていますからな…。面白い…。お付き合いしましょう。多少の時間を差し上げます」
その言葉を聞いた全員がエルダーリッチから視線を外さず最下層のフロアの一角に集まる。
「どうするんだ?こんなことをしても時間稼ぎにもならないぞ?」
苛立った言葉をぶつける勇者候補のプレストン。
「サファイア?どうするのですか?何か策があるのでしょうか?」
トーマスも尋ねる。
「殿下…。策などありません。しかし、ここは数分でも時間を稼ぐことが適当と判断しました。私はまだプレス殿が死んだとは思っていません」
「プレスさんですか?」
「はい。最下層で会おうと約束しました。プレス殿はこちらに向かっていると私は信じています。あの方ならエルダーリッチを斃し、この局面を打開できると信じます」
サファイアの言葉に思わずトーマスも頷いた。
「おい!何を言ってやがる!そのこっちに向かってるプレスってのは誰のことだ?」
勇者候補のプレストンが噛みつく。
「お主には関係のないことだ…。そなた達パーティも覚悟を決めたらどうだ?」
「なにぃ!?」
激昂しようとするプレストンを仲間が抑える。彼らは彼らの答えを出す必要に迫られていた。A級冒険者のパーティとは別にサファイアがトーマスに話しかける。
「しかし殿下…。あの魔物が言っている魔道具での施術など到底受け入れられるものではありません。恐らく時間が来れば戦闘になる公算が大きいと考えます。お気持ちの準備を!カダッツ、ミラ!二人ともそれでいいか?」
「分かりました。サファイア…」
「ああ」
「これが危険な任務とは知っていたからね」
彼等は最低限の話し合いをした。本来このような状況で冷静な話し合いができるはずもない。そもそも選択肢が怪しげな魔道具の実験台になるか、あの魔物と一戦交えるかしかない。どちらをとっても死ぬことに変わりはないだろう。プレスが助けに来てくれることを期待したサファイアの悪足掻きであった。
「さあ!そろそろいいでしょう。お答えを聞かせてください!」
闇の魔工師ファウムが声をかける。
その言葉が終らぬうちに僧侶の女性からバフを掛けられたA級冒険者のパーティが動き出す。一気に倒す。これがA級冒険者パーティの結論だった。
サファイアはカダッツとミラを伴いトーマスとユスティを庇うように動く。出来るだけ時間を稼ぐ。これがサファイアの結論だった。
「ほう!そちらを選びましたか…。では私も…」
そう言いながらエルダーリッチの手が動き出した。魔法を放とうと言うのか…。ここにプレスが居れば見抜くことが出来ただろう。このクラスの魔物にとって魔法を放つのに特別な動作が必須ということはない。せいぜいその方が楽だからと言ったところだ。
しかしそこまで把握できていないA級冒険者のパーティの斥候、盾持ち、勇者候補はエルダーリッチに飛び掛かる。恐らく魔法を放つ前に仕留めるという戦法だ。通常では悪くない考え方である。しかしそれが通じるほど甘い相手ではなかった。飛び掛かろうとした三人がそのまま地面に倒れ伏す。
「え!?」
僧侶の女性が思わず声を挙げる。状況が飲み込めないようだ。そして…。
「…!!!!…」
声なき悲鳴を上げる僧侶。エルダーリッチの足元にはバラバラになった冒険者の躰が散乱していた。血の海が広がる。これが勇者候補プレストンの…いや、とあるA級冒険者パーティの最後であった。
「ふふふふふふ。こんな見え透いた手に乗るとは…。風魔法の応用ですよ…。切れ味がよくて良い心地だ…。さて…。あなたたちはどうされますか?」
余裕の笑みを浮かべるエルダーリッチ。ゆるゆると右手が上がる。とその指が光った。
どさり…。
僧侶の女性が閃光に頭を打ちぬかれて倒れる。
絶望がサファイアの頭を支配していった。
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