第52話 黒いローブの魔物

「本当にここは深層か…?扉のあった階層を深層の第一階層というならもう第四層だぞ…?魔物ってのは一体どこだ?」


 勇者候補プレストンは困惑気味に口を開いた。


 勇者候補に限らずプレスを欠いて九人となったこのパーティはまさに困惑していると言ってよかった。魔物がいないのである。『破邪の首飾り』で深層の入り口と思われる扉が開いたのは事実。つまりここは深層に他ならない。伝説では強力な魔物が跋扈し挑んだものは全員命を落としたとされている。しかしここには魔物がいないのだ。一匹もいない。勇者候補パーティの斥候も魔物の気配が感じられないと言っている。


 そうこうする内に下へと降りる階段が見つかる。


「簡単すぎる…か?」


 勇者候補パーティもA級冒険者である。流石におかしいと思っているようだ。


「勇者候補殿?いかがする?最深部へ行くのが我らの目的だがこれは異常事態ではないのか?」


 サファイアがそう尋ねる。ダンジョンで魔物が一匹もいないなどということは。最悪の想定は最深部に凄まじい強敵がいる場合である。そんな魔物が他の魔物を駆逐してしまいこのような状況を創り出すことがあるのは冒険者として必須の知識であった。しかし今回は前に進むことが必要な状況だ。


「この階段は降りよう。降りて同じ状態なら一度引き上げだ!」


 勇者候補はこのように判断し、最悪の選択肢を選んでしまう。冒険者にとって引き際は重要である。現在が安全で先の階層に不安を感じるならそこで撤退なのだ。階段を下りたパーティはライティングを飛ばす。ここはかなり広い空間のようだ。正面に大きな壁、それに向かって左右も高い壁で正方形になっている。右側にところに祭壇が見受けられる。ここが最下層か…。全員がそう思ったとき唐突に声がかかる。


「ふふふふふふ。何か最下層の魔力がおかしいと思いましたらこんなネズミが紛れ込んでいましたか…」


 慇懃な口調ではあるが甲高い声が空間に響く。急激に現れたゾッとするほどの存在感に一度は身構える。そこには黒いローブを纏ったが佇んでいた。転移魔法と思われる…。臨戦態勢をとるパーティ。しかし一同はどうすればよいか分からなかった。このローブを纏った魔物らしきものは言葉を話した。言葉を話す魔物は強い…。魔族であるなら最悪だ。そして皆を圧倒するこの存在感。絶望が彼らの心を支配するのにさして時間は必要なかった。



「!」


 プレスとドラゴンは顔を見合わせた。まだ術式の最中ではある。


「この気配は?」


「我に罠を仕掛けた者だ」


 プレスの問いにグレイトドラゴンが答える。


「恐らく深層への扉が開かれたことを不審に思い現れたのだろう」


「くそっ!」


 プレスが呻く。まだ術式完了には少しの時間が必要である。プレスはダンジョンに潜った経緯をこのドラゴンに話していた。すると術式中にも関わらずグレイトドラゴンはダンジョン内の様子を感知することができるらしくプレスにトーマス達の動向を伝えていたのである。


「この部屋のことは気付かないのか?」


「ここは魔力を含めた様々なものを遮断する材質で覆われている。我のことを隠すためだ。恐らくここを確認しようとしたところでトーマスとやらの一行に出会ったのであろう」


「いま術式を中断することはできない。無事でいてくれ…」


 プレスはそう言いながら術式に集中するのであった。

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