第47話 邂逅

 魔力の光が足元に収束しながら消える。プレスの周囲には完全な闇があった。


「ここは…。くっ!!!」


 周囲を感知する余裕はなかった。プレスは神速で背中の木箱を下ろして紙を取り出し周囲を警戒する。巨大な気配…いや凄まじいまでの存在感がこの空間を覆っていた。


「………?誰もいない………?いやいやすぐそこにトンデモない存在がいることは分かっているさ。あなたは何者かな?」


 とりあえず眼前にいると思われるその強大な存在に話しかけるプレス。しかし目の前の闇は何も答えない。


「………光球ライティング………」


 プレスがそう呟くと周囲に複数の光球が生まれる。そして光球は意志を持ったかのように周囲に拡散してゆく。プレスが使える数少ない魔法の一つである。とある事情から初級魔法以外は使えないプレスであった。


 ただ初級魔法であってもここにサファイアやトーマスがいれば言葉を失ったに違いない。プレスは周囲に十個以上の光球を生み出した。そしてあろうことかそれを操作したのである。


 無詠唱による多重詠唱と同時操作…。


 魔力を扱う者や魔導研究者にとってその技術を会得することは生涯の夢とされており、三大魔導士とよばれるような一握りの存在だけが辿り着ける境地と言われている。それを光球ライティングという初級魔法ながら事も無げに行うプレスはやはりけた外れの存在と言えるのであった。


 魔法の達人と言われる者でも出現させる光球はひとつというのが常識である。連続で出すことはできても出すことが難しいのである。


 光球はふよふよと浮かびながら周囲を照らしてゆく。そして先ほどプレスが感じた存在感の正体が明らかになる。


「こ、これは…?」


 流石のプレスも驚きを隠せない。この空間の天井はかなり高く百メトルはあるだろう。プレスの前にはその高い壁が広がっているのだがそこにあったのは人の手では到底作成できないような漆黒の巨大な杭で胸を貫かれ、同じく漆黒からなる夥しい数の鎖に拘束された状態で壁一杯に磔にされた巨大なドラゴンであった。


 このドラゴンは大きい…。プレスの正直な感想である。


 ドラゴンという種族は年齢を重ねれば重ねるほど強さが増し、それと共に躰が大きくなる。カーマインの街でプレスが遭遇したドラゴンゾンビより遥かに巨大である。恐らくグレイトドラゴンだと思われるが、この大きさだと種族を率いる存在かもしれない。プレスはさらに光球を飛ばし自分がいる空間の隅々まで照らせるようにした。とその時、


「む…。明るい…。この魔力の流れは多重詠唱と同時操作…。そうか…。やっとこの時間が終るのか…。さあ!殺すがよい!未練などは初めから無いのだ…」


 どうやら誰かと勘違いされているらしい。しかしここまで流ちょうに人語を話せるとは…。やはりかなり高位の竜なのだろう。そう思ったプレスだが勘違いされたこの状態はマズい。


「待って!待って!きっと誰かと勘違いしているよ。おれは今日初めてここに来たからね!」


 そう声をかけると竜がこっちを向いた。プレスと目が合う。


「人の子か…?いや…。多重詠唱と同時操作は人の身では使えまい…。何者だ?」


「いやいや人族だから!確かにちょっと難しい技術かもしれないけどね。それよりドラゴンさん!おれの名はプレストン。冒険者のプレストンだ。あなたは誰でなんでこんなところで磔にされているんだ?」


 竜は少し驚いたような表情をした後、笑い始めた。


「ふっふっふっふっ。その身に纏う底の見えない力と魔力を見せておいて人族とは…。だが…本当に人族か…。強き者がいるものだ…。そして光球ライティングによる多重詠唱と同時操作…。かれこれ二百年ぶりか…。面白いものを見ることができた礼に知りたいのであれば昔話でもしてみようか…」


 プレスは複雑な表情をしながら頷く。


「おれのことは後にしてくれ…。それよりもどうしてこんなところに?」


 そう返すとドラゴンは目を閉じて語り始めた。

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