第46話 転移魔法陣

「ここで休憩をとる!」


 勇者候補プレストンの声がかかる。てきぱきと準備を始める冒険者達。騎士は周囲を見張る。一応のリーダーを勇者候補プレストンと定めて一行は行動していた。彼の顔を立てて不要な諍いを避けたいプレスの策である。


 十人はここに至るまでスライムやゴブリンといったありふれた魔物を斃しながら順調に歩を進めている。現在地は第五階層にある安全地帯。安全地帯と言っても完全ではない。これまでの冒険者達がもたらした情報として比較的魔物の発現頻度が低くそれも弱い魔物に限られる地帯といったものである。冒険者達はこの情報を用い結界を張るなどして休憩等に利用していた。彼らが使う結界はある程度の魔物を追い払ってくれる。安全地帯であれば十分効果を望むことが出来た。


 深層の入り口は第七層にあるという。日の光が入らないダンジョンでは時間の感覚が狂ってしまうが今回は時計型の携帯用超高級魔道具を一つ王国より貸与されていたためその心配はなかった。


「ユスティ、大丈夫ですか」

「はい兄上。ですがさすがにずっと歩き続けたので少し疲れました」


「いいペースだと思うよ。深層には休憩を入れて数時間後に到着って感じになるかな…」


 プレスが二人に声をかけた。準備をしている他のメンバーも思い思いに語らい始める。


 プレスと勇者候補プレストンはそこまで話をするわけではないがそこは冒険者としての連携は取れていたし、他の騎士と冒険者の関係性も悪くはなかった。

 双方にとって最下層に辿り着くことこそが目的であり、下手に諍いを起こしてその道中を困難なものにするような愚は侵さなかった。


 このときまでは…。


「シングルトンさん」


 声をかけてきたのは結界を配置していた勇者候補パーティの僧侶の女性であった。


「なんでしょう?」


 気軽に答えるシングルトンことプレス。


「実は結界石の調子がおかしいようなのです。私がこちらを確認しますのでシングルトンさんはあちらを見て頂けますか?」


 結界石は四か所に配置することで弱い結界を一定時間発生させる一般人にも知られているポピュラーなアイテムだった。設置の際に向きが決められておりその方向を誤ると結界に異常が出ることがある。


「あ、それなら私が見てきます。私も何かお役に立ちたいので…」


 そう言ってさっと立ち上がり結界石へ移動したのは第二王子のユスティ。


「ダメ!」

「マズい!」

「やめろ!」

「止まれ!」


 プレスの耳に勇者候補パーティの声が届いたその瞬間、ユスティの足元に魔法陣が出現しその周囲を強大な魔力の光が包む。


「うわあ!」


 ユスティの叫びを聞き、異常を察知したサファイア達騎士が駆けつけようとする。


「ユスティ!」


 トーマスは駆け寄ろうとしてプレスに止められた。


「ここは任して!だけどこれは…、転移魔法陣か?」


 プレスはそう呟く。


「プレス殿!これは何だ?」


 紫色の魔力光は増大を続けている中、サファイアが問いかける。最早偽名を使う余裕などない。


「転移の魔法陣だね。これに乗った者はこのダンジョン内のどこかに転送される。この嫌な紋様から察するにこのダンジョン内の最も強大な魔物のいる場所へと対象を送り込む魔法陣だな…」


「!!」


 トーマスと騎士達が絶句する。


「何故そんなものがここに?何とかならないのか?」


「サファイア!転移が完了する前にユスティ殿下を助ける。あとは勇者候補に聞いてくれ…」


「プレス殿?何を…?」


 プレスはサファイアの言葉を最後まで聞かず、凄まじい勢いでユスティとの距離を詰め抜き放った長剣でユスティを取り囲む魔力障壁へと斬撃を放った。


 サファイアは言葉を失った。プレスの斬撃はサファイアがこれまで見てきたありとあらゆる動きよりも速くそして強烈だった。


「無理だ…」


 サファイアの耳に勇者候補の呟きが届く。サファイアは勇者候補達が何をやらかしたのか薄々理解したが今はユスティとプレスの動向に集中した。


 ユスティを取り囲んでいた魔力の障壁が斬撃を受けた箇所だけ崩れ去る。


「「「おおお!」」」


 全員が驚きの声を挙げる。およそ人の芸当とは思えなかった。


 プレスは躊躇なくその崩れた箇所から魔法陣に飛び込むとユスティを引っ掴んで魔法陣の外に投げ飛ばした。それを受け止めるサファイア。


「プレス殿!」

「プレスさん!」


 サファイアとトーマスの声が響く。


「サファイア!この転移魔法陣は転移対象がない場合に魔力過多で爆発することがある。だからおれが消える。道中のトーマス殿下を頼むよ。恐らく最下層あたりに転移するはずだからまた会おう!」


 こんな時であっても余裕があるのか軽く微笑んだプレスの言葉がサファイアとトーマスに届いた時、プレスの姿は光と共に消えていた。

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