第42話 巡る思惑

「到底納得のできる結果ではございませんわ!再試合です!!」


 御前試合の翌日…。


 大公とその家族が一堂に会している大広間でそう声を荒げているのは第二夫人のシーラル=ラーゼルハイド。身に着けた煌びやかな装飾品が彼女の権勢を物語っている。二十代前半で大公に見初められた彼女は今年三十代後半を迎えるがその瑞々しく美しい容姿は若さを湛えていた。


「しかしシーラルよ。勝負に関していかなる勝ちも…勝ちは勝ちなのだ」


 やや眉間に皺を寄せ面倒そうに答えるのは大公のイサーク=ラーゼルハイド。


「そんなことは分かっています。しかしあのように偶然で勝利を拾うなどとは…。トーマス殿下は運だけで勝利を得たことに納得されるのですか?そもそも…」


 シーラルの訴えは続く。こんな状況になっているのはプレスの勝ち方が微妙だったからに他ならない。


 御前試合は想像以上の盛り上がりを見せたと言ってよい。割れんばかりの歓声がこだまする中、プレスは申し訳なさそうに勝ち名乗りを上げていた。観衆は相手の攻撃を捌きながら一瞬の隙を見逃さず劣勢だった戦局をひっくり返し勝利を収めたプレスに好感を持ったようである。それは同時にトーマスの評価を上げることにも繋がっていた。


「いやー。見応えのある御前試合だったな!」

「すごかった…」


 人々からそんな言葉が聞かれてくる。


「こんな催しなら毎週でもやってほしいもんだ!」

「この国でカジノはご法度だがこんなに盛り上がるなら祭事としての賭け事くらいは許してくれないだろうか…」


 何やらちょっと危ない筋の方々もいらっしゃったようだ。


「よくあんな奴を連れてこれたな。引退したC級冒険者がA級冒険者に勝ってしまうなんて…」

「それが勝負ってやつよ!下駄を履くまで分からないってな!」

「なんだそれ?」

「知らねぇのか?東部地方の諺だぞ!意味は…なんだっけ?」

「それにしてもトーマス殿下はよくあれほどの逸材を見つけたものじゃ」

「うむ。流石の彗眼といったところかの…。ああいった方がお世継ぎにおられる。我々にとってはありがたいことよ」


 今回の御前試合の評判は一気にハプスクライン中に広まった。その様々な評判の中にはトーマスの慧眼を讃える言葉が確実に含まれているのであった。


 面白くないのは第二夫人のシーラルである。こんな結果になるとは夢にも思っていなかった。


 この世界において貴族と冒険者の仲は良いとは言えない。しかしこの国の有力貴族であるシーラルの実家は貴族であるにも関わらず例外的にハプスクラインのギルドと関係があった。その伝手からカーマインの街でワイバーンの亜種三匹を討伐した冒険者パーティがハプスクラインに来ているという情報を得たシーラル陣営はすぐさま囲い込みを行った。

 これが厄災と言われるほどの魔物がカーマインの街を襲い冒険者達がそれを退けたと言う情報と重なったのである。ワイバーンの亜種三匹は十分厄災と言える脅威である。名前が同じプレストンと言うこともあり、後に勇者候補となる調子のいいプレストンが全ての質問を肯定的に回答したためシーラル陣営は厄災を退けた冒険者が彼等であると盛大に勘違いしたのであった。


 絶対に負けない勝負であった…。あれ程相手を追い込んだにもかかわらず床に足を取られて負けるなどとはとても受け入れられる内容ではなかった。こんなことでユスティの人を見る目がトーマスより劣るなどと言う評価が下ることには納得がいかなかった。そのことをシーラルは夫である大公に言上することにした。それが今の状態である。


 その場にいるトーマスは自分の目が信じられなかった。


 あの日、プレスと契約を交わした後に話し合った内容と寸分変わらない状況が作り出されている。


 プレスはあの日言っていた。


 劣勢でありながら熱戦のように見える戦いを行い薄氷を踏むような形で勝利する…と。人によっては運がよかっただけという者もいるだろう。しかし勝利は勝利。A級冒険者を退けるような人材を探したトーマスを民衆は褒め称えるはずだ…と。そして第二夫人のシーラルはそのことに納得できずなんとかして打開策を計ろうとするだろう…と。


 そしてその時が来ればどのように対応するかもプレスとトーマスは決めていた。


 そんなことを思い出しているとシーラルの話に疲れたような大公イサークから声がかかる。


「トーマス。その方の考えを聞かせて欲しい。シーラルは今回の結果に納得がいかないようであるが、お主が勝利したという結果は揺るがない。しかし薄氷を踏むかのような勝利であったこともまた事実。この結果のみで今回の勝利とするもよしだが、双方が納得できるようなさらなる決着のつけ方があるのならば提案するがよい。勝利を得ているお前にはその方法と条件を提示し相手に了承させる権利がある」


 トーマスは完全に予期していた言葉が大公から出たことに改めて驚いた。そしてその驚きを隠しプレスと取り決めた計画通りの内容を大公に願い出ることにした。


「私から一つお願いの儀がございます」


「ほう。申してみよ」


「ハプスクラインのダンジョンへの挑戦を!私とユスティに継承の儀式への挑戦をお許しください!これをもってすればどちらが王位を継承するに相応しい者なのかが分かると考えます」

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