第39話 試合開始

 会場の熱気は最高潮に高まりつつある。双方が呼び出される。


「西方の門、ユスティ殿下の代理!エルニサエル公国指定勇者候補!A級冒険者プレストン!」


 おおおおおおおお!


 会場がどよめく。


「すげえ。初めて見た…」

「あれが勇者パーティのリーダー…」

「カーマインの街を救った英雄…」

「厄災とさえ言えるモンスターを討伐した…」


 そこかしこから畏怖の感情と英雄を崇める声が上がる。しかし極々小さいながらもこんな声も上がっていた。


「…誰だ?あいつ?」

「あれがプレストン?そしてA級?あいつA級だっけ?」

「C級だ。それで見縊みくびったらエライことに…」


 カーマインの街を拠点とする冒険者達である。彼らはあのダークリッチとの戦闘に参加していた。プレスが報酬を均等分配したため高額の収入を得た彼らは休暇を取り、この祭典を聞きつけ見物にやってきたのであった。


 彼らは模擬戦のことを数日前に知り参加者にプレストンとの名前を見つけていた。プレスがダークリッチを斃したことは間違いない。しかしどのように戦うかを見ることはできなかった。プレスの戦い方に興味があった彼らは観戦を決めたのである。しかしプレストンの呼び名で登場したのは似ても似つかないおっさんであった。背中に模擬戦用の大剣を背負っている。


 困惑している一部の観客を尻目にもう一人の対戦相手も呼び出される。


「東方の門、トーマス殿下の代理!元C級冒険者シングルトン!」


 ざわざわざわざわざわ。


 なんとも言えないどよめきが会場を覆う。やはり元C級冒険者というのがこの模擬戦には相応しくないか…。しかし見縊って貰った方がその後の展開がやりやすいとプレスは思っていた。


「まさかあの時の引退したあんちゃんとはな。これも何かの縁だ。手加減なしで行くぜ!」


 やるに気になっている勇者候補プレストン。プレスは目で挨拶を交わし戦いに備える。


「おお!どうやら知り合いらしいぞ!」

「勇者候補相手とは可哀そうに…」

「こりゃー戦う前から勝負あったか?」


 シングルトンことプレスを嘲笑うような声が上がる。しかしカーマインから来た冒険者達の反応は違っていた。


「お、おいおい…」

「どうなっているんだこりゃ?」


 シングルトンと呼ばれてプレストンが舞台に上がったのである。会場に来ていたカーマインの街からの冒険者は少なからず驚いていたが、しれっとしているプレスを見るに、


「「「なんかの依頼がらみだな…」」」


 ということを冒険者の直感として理解した。冒険者の中には名声を気にしない者がいる。プレスは間違いなくその類の冒険者であったから彼らも詳細は分からなくとも得心していた。そして…

「あのおっさん…。気の毒に…」

「ドラゴンゾンビやダークリッチより強いってことはないだろう…」

「でも対人戦が見られるぜ!」

「おうよ!おっさんが出てきたときは帰ろうかと思ったが楽しくなってきたぜ!」


 冒険者達も盛り上がってきたのであった。


 プレスは対戦相手のプレストンを見据えていた。恐らくは大剣を用いた力技を重視した剣士と思われる。しかしそれを鵜呑みにはしていない。街で出会ったときの装備は随分ゴテゴテと装飾された大剣を背負っていた。まるで見せびらかすように…。奥の手を持つ冒険者は多い…。


 いよいよ開始の合図が行われる。


「ルールは先日説明した通り、審判が勝負ありと認めるか、相手を戦闘不能にするか、降参させるまで続ける。相手または観客を殺した場合はギルドのブラックリストに載り指名手配の対象となる。相手または観客に四肢切断などの不可逆の負傷を与えた場合その治療費とその後の生活保障を支払うものとする。それ以外の全てを認める」


「それでは…。始めぇ!」


 合図と同時に猛然と勇者候補のプレストンがシングルトンことプレスに迫る。


「どおおりゃあああ!」


 抜き放った大剣を大上段に振りかぶり肩口に叩き落としてくる勇者候補プレストン。プレスはその動きを確かめつつ横に躱す。


 ズドオオオオン!


 会場中に響く轟音。石造りの床が大きく破損していた。


「おおおお!」


 歓声が上がるがプレスから見るとそれほど鋭い技ではない。大剣を振り下ろした隙を狙って手首を落とそうかとも考えてしまったが、ここは止めておく。


「は!」


 勇者候補プレストンの攻撃は止まらない。大剣を片手で構え連続して斬撃を放ってくる。プレスは放たれる斬撃を抜き放った長剣で受け流し、体術を用いて躱す。一撃一撃は大きく重いと言えるが隙が大きい。やろうと思えば腕か足の健を斬って終了とすることも可能だろう。傍目からは防戦一方に見えるだろうか…。


 会場からは一見すると優勢に見える勇者候補を推す歓声が飛び交う。しかし、プレスは冷静に状況を確認していた。まだ早い…。絶対的な劣勢という状況を作りたかった。狙うは先ほど勇者候補プレストンが壊した石造りの床…。


 プレスは自分からもいくつかの斬撃を放つ。軽めでありかつ防御しやすいように放たれた斬撃は案の定、止められる。


「防御は上手いが、そんな軽い技では俺には勝てんぞ!」


 そんな無駄口を叩きながらもさらに手を止めず斬撃を繰り出す勇者候補。確かにA級冒険者…弱くはない。そんな防戦一方のように見えるプレスは冷静にトーマス達と取り決めた作戦を用意周到に実行しようとしていた。

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