第37話 契約成立

 と出会ってから五日後の朝、プレスは大公の第一王子トーマスが待つ離宮にいた。


 引退した冒険者シングルトン名乗ったプレスは今後この街で生活するための準備という名目でこの数日街の様々な場所へと繰り出しては情報を集めていた。分かったことは二つ。一つ目はこの街には善政が布かれており街の人々は大公のことをかなり尊敬しているということ。二つ目は第一王子のトーマスも第二王子のユスティも大公と同様に尊敬を集め、その将来を楽しみにされているということだった。


 街の人々はトーマスが後を継ぎそれをユスティが補佐することでこれまで以上に国が豊かに発展すると思っているようだ。

 ただ、世継ぎ争いが起きているという話を聞くことはできなかった。プレスは『やはり…』と思ってしまう。もし人々の話が本当であれば第一王子を跳び越すような形でユスティを大公に据えるメリットは少ない。既に将来を嘱望されているユスティは大公の補佐になることで生涯その身に尊敬を集めることができる。大公夫人も血は繋がっていなくても大公の母としてそれなりの権力を持てるというものだ。トーマスも実の親以上に孝行するはずだ。


 お家騒動の話は聞けなかったが勇者候補のプレストンが大公家の誰かと繋がっているということは間違いないらしい。


 この街にある大公の王宮は東門、正門、西門と三つの門があった。民による騎士団へ依頼や大公への陳情は東門、貴族や他国の使者は正門、大公以外の王族への来賓は西門とその来訪者に従って開く門は分けられている。偶然、街で見かけた勇者候補パーティを秘かに尾行したところ彼らは西門から王宮に入って行った。第二夫人のシーラルと確定したわけではないがこの行動と先日のの話からシーラルを訪ねたというのが濃厚である。


 そんなことを確認したプレスは離宮でトーマス、サファイア、ガーネットの前に腰を下ろしていた。


「ま、大体状況は飲み込めたよ。お家騒動のことを街の人々は知らないようだが君も弟さんも随分と人気だね?」


「昨年までトーマス殿下とユスティ殿下はご一緒に勉学や剣術に励んでおられた。市中にも護衛付きで共にお出かけになったことも度々ある。その仲の良いお姿と大公様の善政がその人気を形成しているのであろう」


 そう答えたサファイアはプレスに質問をぶつける。


「我々も確認したい。カーマインの街で厄災を討伐した冒険者の名前はプレストンであった。ユスティ殿下の代理として出場する冒険者の名だ。そなたもプレストンだがこれは?そなたの実力を考えると…」


 ここでプレストンがサファイアの言葉を遮った。


「まー。気にしないでいてくれると助かる。冒険者の秘密ってやつだね。きっと君たちに迷惑は掛からないよ」


「…」


 何か言いたそうなサファイアであるがトーマスからも目配せされて口を噤む。詮索は不要ということだろう。彼らにとっては模擬戦に勝利することのみが重要なのだ。


「感謝するよ。それでこの国のことなんだけど、皆が言うようにトムが大公になりユスティがそれを補佐するのが最上なんだろうな…」


「私もそれが一番の望みではあります」


 トーマスもそう答える。


「分かった。今回の直契を受けるよ。内容は御前試合の参加と勝利、その間の護衛。それでいいかな?」


「おお!ありがとうございます!」

「恩に着るプレス殿!」

「よかった!猪に追いかけられて死にかけた甲斐があった…」


 口々に思いを述べる一同。


「それで報酬なんだけど…。おれは旅をしていてね…。路銀を貰えるのが一番うれしいんだが…。どうかな?」


 このプレスの質問にトーマスが代表して答える。


「分かりました。御前試合での勝利と私の護衛が成功した際には終了時に金貨三十枚を報酬とさせて頂きます」


「契約成立だ!」


 プレスとトーマスは握手を交わす。


「それで御前試合の戦い方だけど…この国の大公家ってのは…」


 声を落として打ち合わせを始めるプレス。できることなら円満に解決したいと思っている。


「現在は…伝説では…」


「私も聞いたことがある…」


 トーマスとサファイアの話を聞き一つの光明を見出す。


「だったら…」


 四人の打ち合わせは夜遅くまで続くのだった…。

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