第34話 冒険者シングルトンと猪の報酬

「ハプスクラインのギルドマスターをしているドランだ!キングエレファントボアを討伐したのはお前か!?」


 部屋に入るなりドランと名乗ったのは筋骨隆々、つるりと見事な禿げ頭の大男だった。ご丁寧に顔に大きな傷まである。どう考えても山賊の首領なのだがプレスは言わないことにした。


「ああ。そうだけど…」


 プレスが答えるのを遮って大男はどかん!とソファに腰掛ける。


「先ずは身元の確認からだ!受付のロザリンは名前も確認していないからな。冒険者証を見せてくれ?」


 プレスは対応してくれた受付嬢の名前を覚えながらもギルドマスターの質問に答える。


「名前はシングルトン。C級の冒険者ですが冒険者証はそのボアとの戦闘の際に無くしてしまいました」


 すらすらと架空うその回答をするプレス。この街には自分を騙る冒険者が滞在しているのだ。そしてその男は恐らく冒険者証を提示し本物と認められている。


 冒険者証は精霊を用いるかなり特殊な魔法技術が使用されており偽造は不可能とされていた。ということはギルドの誰かが手を回し架空のプレスをでっちあげたことになる。それも大公家の関係者に近い者だろう。


 そうなるとここで本物と言っても騙りと言われ拘束されかねない。それにしても偽物とは誰なのか…。少し興味の沸いたプレスであった。


「そうか。では冒険者証の再発行が必要だな?」


 プレスにとってそれは困る。そのためさらにうその上塗りをすることに決めた。


「実は…。この大きな魔石を買ってくれるならこれで冒険者を引退したいと思うのです。今回は本当に運が良かっただけで流石に怖くなりました。結構いい金額になると思うのでそれを元手に何か商売を始めたいと思います」


 冒険者の活動は原則ギルドを通して行われるが引退に関しては何の規定もない。冒険者として活動しなければそれまでのため誰も気に留めていないものだった。

 今回はキングエレファントボアを討伐したことでこの街の冒険者から注目とやっかみを受けてしまった。冒険者にとってパーティを組んでいない者はライバルである。基本的に警戒し自身の能力や持っている情報は簡単には教えない。現状でプレスが近づいても偽物や大公家関連の情報を簡単には教えてくれないだろう。


 これなら引退扱いで最後まで正体を隠し、街で情報収集をしようと思うプレス。


「お前の要望は理解した。シングルトン。換金はこちらでやっておく。その間にどのような方法で討伐したのか教えて欲しい」


 まさか暴走する猪と追いかけっこをした挙句、激走する魔猪の足元に飛び込み右側の前足と後ろ足の健を両断したとは言えないプレス。偶然に偶然が重なることでやっと斃すことが出来たとありもしない話をでっちあげるのに苦労したのであった。


「シングルトンさん。キングエレファントボアの討伐による魔石ですが当ギルドでは金貨二十枚で引き取らせて頂きます」


「やったあ!それでお願いするよ!」


 魔石の換金のため受付にもどったプレスは大げさに喜んで見せる。先のダークリッチの討伐報酬(一人金貨五十枚で総額金貨千枚以上)に比べると少ないとも言えるが、普通の魔物の討伐報酬としては破格の部類と言えるだろう。普通の家族が一年は食べれる金額だ。プレスはさらに問いかける。


「それといい宿を教えてくれないかな?人生最高の収入が入ったのでいいところに泊まりたいんだ!」


「それでしたら『踊る宝石亭』はいかがでしょうか?それほど大きくはないですが高級宿として知られています。A級冒険者さんが泊まったりすることも多く冒険者に理解がありますよ」


「ありがとう。そこに行ってみるよ」


 そう言ってプレスはギルドを後にする。夜の街を歩くその背後を誰かがつけてくることは既に認識済みのプレスであった。

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