第15話 村の英雄

 そろそろプレスが森に飛び込んでから十五分が経つ…、

「おお!」

 住民が声を挙げる。赤紫の光が少しだけ移動したのだ。

「ひええええ」

「避難か?ここを逃げ出すのか?」

 集会所に集まった村人たちが不安を口にする。

 慌てふためく住人達に叱咤する村長。

「落ち着いて光の様子を見るのだ!」

 今後の計画は皆に伝えてある。光がこちらに来るようなら避難。しかし現在の生活を手放した場合、その先を生きる道などほとんど残ってもいないこともまた事実。ならば限界までここで見極める。すると光の柱は再び動きを止めた。一人が話しかけてくる。

「止まったぞ!村長これは…?」

「うむ。恐らくあの冒険者のおかげであろう…」

「でも一人で…?」

「…」


 とその時、金色の光が夜空を切り裂いた。そして禍々しい赤紫の光が消えてゆく…。程なくして村にはいつもの夜の帳が下りてきた。

「どうなったんだ?」

「助かったのか?」

 村人たちが騒めく。


 しばらくして木箱を担いだ一人の男がふらふらと森から帰ってきた。

「おお!」

 歓声が上がり皆が出迎えに走る。プレスの腰に剣はなかったが特に大怪我をしているようにも見えない。背中の木箱を重そうにしながら出迎えた村長の前に立つ。

「討伐完了ってとこかな。これがその証拠だよ」


 プレスの手には大きな魔石があった。禍々しい不気味な光を放っている。村長はかつてギルドで働いたこともある。この魔石が尋常ではないものだとすぐに理解した。


「こ、これは?どんな魔物の魔石なのですか?」

「グレイトドラゴンのドラゴンゾンビの魔石さ。大きいでしょ?二十メトルくらいあったからね」

「!!!!」

 こともなげに返すプレスに村人たちは唖然とした。


 プレスは困ったような表情を浮かべる。

「ほら冒険者っていろんなことができるから…。今回は運がよかったよ…。へへ…」

「本来は国が数百人規模の編隊を組んで戦う魔物のはず。運がよかった…で勝てる相手ではありませんな…」

 説得力の全くない説明しかできないプレスに村長が突っ込んだ。

「あはは…」

 笑ってごまかそうとするプレスが突然膝をついた。慌てて駆け寄る村長たち。

「プレス殿!如何なされた?」

「ちょっと魔力を殆どなくしてしまって…。魔力欠乏症かな…」


 魔力欠乏症による脱落症状である。日常生活において人族が魔力欠乏症になることはない。しかし魔力を用いることを生業とする魔導士などは、自分の容量を遥かに超えるような魔力を使用すること等を原因として魔力欠乏症を発症する場合があった。これは魔力が極めて枯渇した場合に起きるもので早々に対応しなければ命に係わる危険なものであった。


「プレス殿、さあ、これをどうぞ」

 そう言われプレスに手渡された小瓶には青く美しい液体が詰められていた。

「これは魔力ポーション?いいのかい?こんな高価なもの…」


 魔力を回復できる魔力ポーションは高位の冒険者や騎士達に人気があり、流通する数が少ないことから市場では非常に高価だった。金貨二桁枚は確実に必要だろう。


「いざという時のため村に保管してあったものです。今のあなたに呑んでもらうためにこれまで保管しておいたと言っても過言ではありますまい。さ、どうぞ!」


 プレスは小瓶の液体を飲み干す。途端に体を襲っていた脱力が回復するのを感じた。まだ本調子とは言えないが何とかなるだろう。

「助かった。ありがとうございます」

 村人たちもほっと胸を撫で下ろした。しかしプレスには休む間もなくすることがあった。

 プレスはカーマインの街周辺で同じようなことが起こっているかもしれないことを村長達に話し、街に移動するための馬を願った。


「お安い御用です」

 そう言って村長は鞍を付けた馬を用意してくれた…のと村長宅から荷物をまとめたプレスが出てくるのが同じタイミングであった。グレイトドラゴンのドラゴンゾンビと交戦してまた一刻と経っていない。村人たちも呆気に取られている。


「もう行かれるのですか?」

「ああ。嫌な予感はまだ消えてないので…」

「そうですか。では、これも持って行ってください」

 そう言って魔力ポーションを渡してきた。今度はプレスが驚く。

「いいのですか?」

「お気になさらないで下さい。我々はあの光の柱を見ました。その時、間違いなく絶望がこの村を覆いました。しかしあなたが居てくれた。そして我々は無事にこの村で生きている。この幸せに我々は感謝します。あなたが何者であったとしてもこの村の人間は子々孫々まであなたのことを英雄として語り継ぐでしょう。ご武運を!」


 村人たちが歓声を上げる。


 朝日が昇るまではもう少しだけ時間が必要だろう。プレスは夜の中をカーマインの街を目指して馬を飛ばすのだった。

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