第13話 強大な敵

 ドラゴンゾンビは『空を飛べない』『ブレスを吐かない』という能力の低下はあるが、アンデッド特有の耐久力とドラゴンであったころを遥かに凌ぐ膂力を持つため、討伐が非常に困難な魔物として知られていた。通常、亜種のワイバーンのドラゴンゾンビでさえ数十人単位で複数の部隊を編成し討伐に当たるのものである。


 そしてこのドラゴンゾンビはワイバーンなどの亜種などではない。純然たるドラゴンのようだ。そして大きい…。体長が二十メトル以上はある。

「この大きさとその姿は…。グレイトドラゴンか?」

 グレイトドラゴンは高位と呼ばれる竜種の中でもその大きさと攻撃力の高さで知られた二足歩行のドラゴンである。それがドラゴンゾンビとなって現れる時点で百人以上の上級騎士と上級冒険者の部隊を複数は必要とするまさに天災規模の事態であった。


 しかしグレイトドラゴンがドラゴンゾンビになるなんて……。これはあり得ない出来事である。高位の竜であるグレイトドラゴンは長命でありその強大な力もあってそもそも命を落とすことが少ない。それが死体となりさらにゾンビ化するというのは自然界ではほぼ起こり得ないと言えた。プレスは少しだけ顔を顰める。

「…ということはやっぱり何者かが背後にいるのかな…」


 グレイトドラゴンであったものは腐った体をゆっくりと動かし顔をこちらに向けてくる。既に存在していない空洞の目でドラゴンゾンビはプレスを見定めた。

「ギャアアアアアアアアアア!」

 ドラゴンの全身から黒い霧のようなものが噴き出る。

「瘴気か!浴び続けるのはマズいよな…」

 瘴気は浴びた者の体力と魔力を削り取る作用があり、体内に取り込み過ぎると生きたままアンデッド化することもある厄介なものだ。


 距離をとればジリ貧である。プレスは長剣を抜き払いながら瘴気の中を一気にドラゴンの懐へと飛び込んだ。まさか距離を詰めると思っていなかったのか守る気もないのか無防備だった胴体へと斬撃を放つ。胴体の肉が斬撃で傷つくたびに嫌な臭気と体液のようなものがまき散らされた。それを躱しながら長剣を振るうプレス。ドラゴンゾンビは五月蠅そうに腕を振るうが、その振るわれた右腕をプレスの長剣が斬り飛ばした。

「グア!?」

 驚いたような鳴き声を上げるドラゴンゾンビ。瘴気が止まったようだ。距離を開けるプレス。

「どうだ?」

 しかし…。

「…再生能力か…」

 斬りつけた胴体の傷がふさがり、斬り飛ばした腕が生えてくる。あっという間に再生されてしまった。雑魚モンスターのゾンビには再生能力はない。しかしこのような高位のアンデッドには強力な再生能力を持つ場合があった。


「ならば再生能力が追い付かないくらい…」

 長剣を構えたプレスだが、


 パキリッ…。


 長剣が根元から砕ける。そして長剣に目をやろうとしたその時、

「!」

 プレスは全速で大きくその場を飛び退いた。


 ジュウウウウウウウウウ!


 先程いた場所、その十メトル四方の地面が溶けもうもうと煙が上がる。

「酸か…」

 ドラゴンゾンビが吐いたものらしい。体液が酸性なのか長剣はこの影響で砕けたようだ。


 ググググググ…。


 唸り声を上げながら口を開けるドラゴンゾンビ。連続して酸性の液体が繰り出された。素早く躱し続けるプレス。ドラゴンゾンビはさらに瘴気を放出し始める。間合いを遠ざけるプレス。動きそのものはそれほど早いとは思わないが攻撃の術がない。


 グルルルルルルルルル…。


 満足そうに唸るドラゴン。『お前のようなものに斃されることはない』と嘲笑っているかあのようであった。そして移動を始めようとする。一歩を踏み出した…。その先にあるのは西の村、そしてカーマインの街である。

「あまり得意になられてもいい気がしないな…」

 そう呟くプレス。


 ガタガタガタッ!


 背中の木箱が明らかに揺れた。


「闘いたいか…?……周りには誰もいないか……」


 逡巡している時間はなかった。プレスは背中の木箱を地面に下す。


 グル?


 動きを止め、こちらに顔を向けるドラゴンゾンビを見据えてプレスは吠える。


「見せてやろう!」


 胸元から一枚の紙を取り出した。右手の人差し指と中指の腹を噛み、流れる血で何かを描く。あれは魔法陣か…?。完成した魔法陣を箱の側面に押し当てそしてプレスが唱えた。


天地疾走オーバードライブ解呪アンロック!」

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