第7話 街での暮らしと少しの懸念

 プレスがカーマインの街に到着して七日目の午後、プレスは今日もギルドに来ていた。今日は武器も持たず皮のベストに麻製の上下、つまり普通の格好である。まだ日は少し高い受付が混雑するまでにはまだ少しの時間があった。


「プレスさん。お疲れ様です。今日も依頼完了の手続きですか?」

 すっかり馴染みとなった受付嬢が声をかけてくる。

「ああ。今日は害虫駆除だね」

 そう言って依頼表を出すプレス。

「はい。下水道にいるスモールラットの駆除ですね。では成果を確認させて頂きます。こちらに…」

 プレスは駆除の証明となるスモールラットの尻尾を台に並べていく。

 スモールラットは体長最大二十センチメトル程になる都市部の下水に発生する害獣である。魔物ではないが疫病の発生源となることがあり定期的に駆除依頼が出されている。ただし下水道に潜りすばしっこい個体を相手にするため人気のある依頼とは言えなかった。


「全部で六十。駆除最低数が二十だからこれで問題ないはずだ」

「ずいぶん頑張りましたね。はい。確かに六十匹分の尻尾を確認しました。二十匹につき銀貨一枚でしたので報酬は銀貨三枚となります」

「確かに受け取ったよ」


 この世界において金貨一枚は銀貨十枚、銀貨一枚は銅貨十枚で取引されていた。銅貨よりも細かいものになると各地方で単位が異なってくる。銀貨一枚は豪華な食事が一回できるくらいの金額である。簡単な食事であれば銅貨一枚の半分くらいでも十分だろう。半日ちょっとの仕事で銀貨三枚は一般人にしてみるとかなりの収入と言えた。


「プレスさんにはお世話になっています。駆除の依頼はなかなか受けてもらえなくて…。それと一昨日にやって頂いた薬草の採取は引き取りに来た薬師さんが品質が良いって褒めていました。この調子でお願いします」

「そう言ってくれると嬉しいな」

 プレスはもっぱら採取依頼や駆除依頼を受けていた。路銀を稼ぐことが目的のプレスにとって面倒な討伐依頼をする理由は特に無かったのである。


 今日も銀貨三枚を手に入れている。ちなみにプレスが滞在している宿である黒猫亭は一日と朝夕の食事付きで銀貨一枚であった。きれいな部屋と清潔なシーツと美味しい食事で銀貨一枚。昼食を適当にすましたとしても銀貨二枚近い利益が上がっている。街の暮らしも楽しめるし路銀もたまる。プレスにとってはこれで充分であった。さらに採取や駆除依頼で褒められるのは満更でもなかった。初日のことがあってからちょっかいを出す冒険者もいない。


「そういえばあの依頼の確認にはまだかかりそうなのかな?」

 プレスは『盗賊団黒い狼の盗伐と破邪の首飾りの奪還』依頼の調査結果を尋ねる。

「申し訳ありません。盗賊団の拠点周辺の調査は終了しているのですが、大公家への確認に時間がかかっています」

「それは仕方ないな。じゃ、おれはこれで」

「ありがとうございました。また宜しくお願いします」


 挨拶を交わし、ギルドを後にするプレス。ちらちらとした冒険者たちの視線を感じるが気にも留めなかった。


「プレスさん、お帰りなさい!」

 元気な声をかけてくれたのは受付にいた黒猫亭の一人娘のキキ。両親が経営するこの宿の手伝いをしている。可愛らしい猫の獣人であり確か歳は十五と聞いた。黒猫亭は一階に食堂を構えていて宿泊客以外にも食事を提供している。宿の仕事全般を手伝うキキだが、この食堂でウエイトレスをするときは客が増えると評判だった。

「今夜の食事は楽しみにしていて下さい。ボアのお肉のジンジヤー蜂蜜ソース炒めです。私も今日はシフトで食堂に出ます」

 ボアは大きな猪の魔物である。肉質は豚に似ているがそれよりも野性味があり人気が高かった。

「それは美味しそうだ。早く着替えてこないとな。席は取っておいてね」

「任せてください」


 部屋に戻り備え付けている水で体を清め、着替える。食堂に降りたプレスに声がかかる。

「よう!兄ちゃん!」

「元気でやってるかね?」

「とりあえず乾杯と行こうか!」


 元気な常連達だ。元冒険者達でありこの七日間ですっかり意気投合してしまった。美味い食事とワインですっかりいい気分になったプレスは上機嫌で部屋に戻る。ここはいい街だ。ある程度の期間滞在してもいいかと思っている。


 部屋に戻り口を清め、就寝しようとしたその時…。


 …カタリ…、と音がした。


 プレスは顔を顰める。視線の先には木箱があった。木箱と言うには大きい。縦は一.四メトル、幅と奥行きはプレスの肩幅ほどはあった。


「何かを察知したか…。ふむ…。明日は街の外へと討伐依頼かな……」

 一人呟いたプレスは眠りについた。

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