第2話 盗賊達の事情

「この野郎!下手打ちやがった!」

 そう言われた瞬間、エリーは顔への衝撃で地面へと倒れ伏した。

「一体どんな奴を連れてきたんだ?あの動きは素人じゃない。名のある元騎士か、冒険者だ。街に知らされたらどうするつもりだ?」


 この世界で上級騎士やS級、A級と言った高位の冒険者、彼らの社会的権威は大きい。彼らには街付きの自警団や警備隊を動かせる力もある。

 戦闘を避けたのはなんらかの理由があっただけで、あの男がそんな存在であれば盗賊団ことを知らせて討伐隊を組まれるかも知れないことを男達は恐れていた。


 エリーは倒れたまま言い返す。

「なにさ!あたしは言われた通りここまで連れてきたじゃないか!逃げられたのはあんた達が下手こいたんだろ?」

「うるさい!」

 脇腹を蹴り上げられ胃液が逆流した。体をくの字にして蹲る。それでも言い返すエリー。

「ううう。あの身なりだ…。冒険者なのは間違いない!それに高位の冒険者がこんなところで道に迷うものか!」


「まだ言うか!」

 殴られる!と思ったが拳は飛んで来なかった。伸びてきた手が殴ろうとしていた男の腕を押さえている。いつのまにか大男が立っている。六十代だろうか。頭には白い物が多く混じっている。

「そこまでだ…」

 その一言で周囲のものは頭を下げる。

「お頭!」


 お頭と呼ばれた男はエリーを立たせる。

「今日のところはここまでだ。あの男のことはおれが考えておく。それでいいな?」

 部下達は頭を下げたが従わない者がいた。先ほどエリーを殴った者だ。

「お頭!エリーに甘すぎるんではないですか?」

「ゴート。おれの言うことが聞けないのか?」

 視線をぶつける両者。しかしゴートと呼ばれた男が視線を外し頭を下げた。

「ですぎたマネをしました…」

「分かってくれればいい」

 一旦は解散となった。


「エリー。大丈夫か?」

 お頭と呼ばれた男が聞いてくる。ここは盗賊がアジトにしている森の一角。彼らは仕事の時にここを拠点としていた。いくつか張られた天幕の一つにお頭とエリーがいた。

「うん。ありがとう」

「やはりお前は足を洗うべきだろうな」

 お頭がここ数ヶ月に渡ってエリーに言ってきたことだ。

「だからあたしは…」

「エリー!」

 お頭はエリーを制して話す。

「確かに赤ん坊だったお前を拾ったのはおれで、ここがお前の家かもしれない。だがお前は美しく成長した。あいつらはお前を自分の慰み者にしたいと思っている。今まではおれが守ることができたが、おれの威厳は確実に落ちている。このままではお前を守りきれないんだ」

「でも…」

「おれのことは忘れていい。街で幸せに暮らせ。街まで送ろう」

「…」


 天幕の外に出た二人は盗賊達に囲まれていた。

「どちらに行くんですかい?お頭?」

 ゴートである。

「街にな…。買い出しとあの男のことを探ってくる」

「そうですかい!でも行かせる訳にはいきません。エリーは置いて行って貰いましょうか?おれが可愛がってやりますよ?」

 エリーがお頭の背後に隠れる。

「ゴート…。誰にものを言っている?」

「お頭…。と言いたいところですが、最早あんたはお頭ではない。あんたはヤワになった。その女のせいで父親の顔になってますぜ!そんなヤワにお頭は務まらない。俺が代わってやってやるよ。エリーの面倒も一緒にな!」


 包囲網が狭くなる。お頭は剣を抜き放った。エリーも短刀を構える。

 ゴートは下品な笑いを浮かべた。

「面白い。おいお頭は殺せ!エリーは殺すなよ。生かして捕まえればお前達にも楽しませてやる!」

 一斉に武器を構える盗賊達。この人数相手では生きて森を出ることはできない。そう二人は自覚していた。


「あー。なんか大変なことになってるね」

 なんとも呑気な声が聞こえてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る