Ⅰ 帽子とマント2
「なあ、兄さん。Nのことだろう、知ってるぜ」
男が近づいてきてそう言った。
ぼさぼさの髪に、ダボダボのコート。
小さな葉巻をくわえながら、ニヤリと笑う。
「こっちに来なよ」
男は路地の奥のほうに歩いて行く。
猫背の背中を見ながら後についていく。
「金はあるのかい」
「無い事はないけど」
「情報次第ってことか」
男が立ち止り、こっちを見てニヤリと笑う。
男の頭上にはスペイン語らしき看板。
「まあいいさ」
メキシコ料理屋のドアを開けて、中に入っていく。
そのままカウンター歩いて行く男。
隣に立つと、マスターがこっちをチラリとみた。
「チリ食うかい」
男がそう言って返事も聞かず、二つ注文する。
小さめのボウルに入ったチリが、
カウンターの上に、無造作に置かれる。
チリに突き刺さっているスプーンを使って、
男はチリを食べ始めた。
「ミルクはどうする」
「もらうよ」
男が返事をする間もなく、
マスターが男の前にミルクのグラスを置いた。
「あんたは何か飲むかい、酒でもいいんだぜ」
「どうせあんたの奢りだ」
「あんたは飲まないのかい」
「それじゃ、コロナを」
男がマスターに目で合図する。
すぐさまマスターが、ビール瓶をカウンターに置く。
チリをスプーンですくって口に入れた。
辛いだけで、味がない。
「ライムはないの」
「この店は、いつもライムを切らしてるんだ」
男が小声で言った。
「ライムジュース入れるか」
「いや、いいです」
ライムジュースの瓶を持ったマスターを、手で制した。
「僕の分も食べていいよ」
「いいのかい、悪いな」
ビールを一口飲んだ後、そう男に言うと、
男はチリのボウルを自分のほうに引き寄せた。
「あいつはスリだ」
男がつぶやくように、小声で言う。
「そんなに腕は良くない」
「師匠は凄腕なんだがね。あいつはまだパシリだ」
「どこに行けば会えるんだ」
「さあな、それはわからん」
男は、二つ目のチリに取り掛かった。
「二ブロック先が縄張りさ」
ビール瓶を持ったまま、店の出口に向かう。
「ごちそうさん、婆さんによろしく」
背中に、男の声が響いた。
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