Nを捜して

阿紋

Ⅰ 帽子とマント1

特に目的もなく、夜の街をさまよう。

ここしばらく、仕事もしていない。

仕事というものは、常にやるべき優先順位の最下位にある。

人間として、一番やってはいけないこと。

それが仕事というものだ。

誤解してもらっては困るけれど、

それは決して、仕事をしないということではない。

コンクリートに挟まれた路地の暗がりで、

息をひそめながら、大通りを行き交う人を眺める。

これだって、立派な仕事である。

金銭が発生するかなんて言うのは、全く関係ない。

同じことをしていても、それが仕事でない時もある。

まさに今がその時で、仕事ではなく、

路地の陰から明るい通りを見張っている。

帽子にマントを羽織った若い女を見つけること。

彼女と実際に会ったのは一度だけ、二日前の夜。

それまで、彼女は夢の中に登場していた。

何年も前から、断続的に。

ずっと彼女に会いたいと思っていた。

そんなことが不可能だということは、わかっていたのに。

だって彼女は、夢の中で作り上げられた幻影のようなもの。

だから、彼女が目の前に現れたときは、

驚いて、心臓が止まりそうになった。

彼女は、よろめきかけた体をやさしく支えてくれた。

「君に会いたかったんだ」

そう言ったつもりだったのだけれど、

声になったかどうかは覚えていない。

それでも彼女は、返事をしてくれた。

「私もです」

夢では聞いたことのない声。

夢では見たことのない笑顔。

彼女は顔を遮断している、フチの大きい帽子を、

落ちないように、手で押さえている。

想像よりも若く見える顔。

マントに隠されていた、細身の手足と小さな谷間。

幼女ではないと思わせる、腰回り。

彼女の隣をずっと歩いていた。

荒廃した都市が吐き出す空気を浴びて。

ずっと彼女に触れていたはずなのに、

信号待ちで、彼女の腕をつかもうとすると、

彼女は、いつのまにか消えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る