第18話 遊撃戦論

「ドローンの仕様は後で詰めるとして」


いつまでも理系男子達の議論が終わらないので、とりあえず打ち切ってもらう。

俺だってドローンの議論には参加したいけれど、今日は作戦会議の日なのだ。


「東京都への杉花粉流入を止めるために、どの地域の杉花粉を枯らすことが必要なのか。最新のシミュレーションをSZZ団で独自に行うか、あるいは研究結果を手に入れる必要があると考えます。とりあえず大学のデータベースから直近5年の論文は発見できなかったけれど、どこかの研究機関が論文という形でなく普通に業務でレポートを出している可能性もあります」


「それくらい、あたし達で出来ないの?昔の研究と比べたらパソコンの性能が全然違うんでしょ?」


「うーん、そこは正直なところ俺にはよくわからない。シミュレーションの粒度や期間、それに条件設定次第で必要利ソースも変わるみたいだし…」


「作戦に情報は必須よ!敵の情報がわからない作戦なんて戦略とは言えないわ!花粉飛散シミュレーションはあたし達の手で実行するべきだわ」


「すごいな。すごく戦時のリーダーっぽい」


意外なヒマリの見識に思わず見直すと、彼女は腕を組んで自慢げにふふん、と鼻をならし鞄から赤い表紙の本を取りだした。


「それは・・・?」


「遊撃戦論よ!」


ユウゲキセンロン。

なんだか物騒な響きの本だ。

まさか野球のショートの理論ではあるまいが。


「あらー?ソウタさん、あんなに毎日図書館にこもっているのに知らないのー?」


と、本を目の前でひらひらさせて得意満面なヒマリ。

イラッとしたので無言で本を取り上げる。


「あ、ちょっと!」


非難は気にせず、著者、目次の順でさらさらと内容をさらう。

本を大量に読んでいるせいか、速読による内容把握にはちょっとばかり自信がある。


「著者は…毛沢東?って、あの中国の政治家の毛沢東?」


が、意外な名前を目にして作業を途中でやめてしまった。


「中国の偉大な政治家にして中国統一を成し遂げた偉大な将軍、そしてゲリラ戦理論の偉大な大家!あたし達は勝つために彼の手法を参考にすべきだわ」


ヒマリの心意気は買うが、巻き込まれた側としては確認しておきたいことがある。


「何度も言うが、反政府運動で社会的生命と人生を台無しにするつもりはないぞ」


「あたしだってないわよ。あたしが言いたいのは、勝つためには戦略が必要で、少数で勝つための戦略はゲリラ戦理論に範を取るべき、ということよ」


ゲリラ戦か。たしかに今の作戦規模が大きくなれば、単なる杉を枯らすためのテロ活動から、政府権力との対決や攻勢を含めたゲリラ戦的なものへ移行する展開もあり得るのかもしれない。


こんなはずじゃなかった、と突発的な事態に振り回されないためにも戦略のシナリオは必要だ。その意味でヒマリの目のつけどころは悪くない。


とはいえ、いかに偉大でも毛沢東は何十年も昔の人間にすぎない。

できれば最新の理論にあたりたい。中国語はあまり読めないのでアメリカ軍あたりが公開している英語の論文に最新の事例があればいいのだけれど…


「だからシミュレーション結果はあたし達が握るべき!」


と、ヒマリは強調する。

そこまで言われては、残りのメンバーに否やはない。


「たしかに杉を枯らした場合のシミュレーション結果なんて、外部の機関の結果を当てにするわけにはいかないよな」


「ばれるッス」


「怪しいでありマス」


「犯罪者確定ね」


そんなわけで全員の賛成で東京都の杉花粉の飛散シミュレーションは、SZZ団が開発することになった。言うは易しだけれど、そんなことが可能なんだろうか。


このあたりの難易度は門外漢なのでよくわからない。

まあサガミくんが自信ありげだし何とかなるのかな。


しかし毛沢東の戦略の著作とは、ヒマリのやつ、またマニアなところを持ってきたな・・・

その上、あの本にはだいぶ使い込まれた様子があった。

いったいあいつの家の本棚にはどんな本が並んでいるのだろうか。


少しだけヒマリの私生活をイメージしようとしたが、自分にセレブな女子大生の自宅など想像できないことを思い知らされただけだった。

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