第16話 パズルのピース
しかし杉花粉を絶滅させるためなら、と引き続き知恵を絞る。
考えるしつこさには少しばかり自信がある。
懸命に調査した研究を思い出す。
「動物がダメなら・・・植物とかどうでしょう?葛とかツタの寄生植物とかアメリカが問題になっている、という論文がありました」
「あのねえ・・・遺伝子を弄れば何でもできるわけじゃないの。今の技術で出来るのは、元々あった形質を少し強化するぐらい。それだって狙ったとおりに出来るかは運次第。まして自然界の中で遺伝子を弄った種が生き残れるかどうかは本当に未知数なの。未知数って言う意味は、ほとんど不可能ってこと」
「難しいですね」
そりゃそうか。
簡単に狙った植物が作れるんなら今頃は世界の食糧問題だって解決している。
「難しいわよ。何十万ピースもあるパズルを弄るのと一緒だもの。最近は1ピースだけでなくて、数十とか数百単位で切り貼りができるようになってきたけど、パズルであることには違いないもの」
「つまり植物を弄るのは難しい?」
「難しいというか、杉に寄生して枯らす生態をもっている元になる植物がないとほとんど無理ね」
杉に寄生する植物の線は望みが薄いか。
「すると昆虫は?」
「昆虫は世代交代が短くて狙った形質がわかりやすければ可能性はあるわ」
「例えば?」
「例えば羽が長いとか、体が大きいとか。特定の薬剤や病気に強いとかね」
「なるほど」
羽が長ければ移動能力が増える。
体が大きければ食害能力が高くなる。
薬剤耐性は有望かもしれない。
一般に販売されている安価な殺虫剤への耐性が強ければ杉害虫の駆除の費用が嵩む。費用が高くなれば全体として駆除される数が少なくなる理屈だ。
「それにしたって昆虫の遺伝子を弄るのも簡単じゃないわよ。ウイルスや細菌を弄るのとか違うわ」
ミナト先生は釘を刺してくるが、俺は別の部分を聞き咎めた。
「ええと、逆に言うと細菌やウイルスを弄るのは比較的簡単なんですか?」
「そうね。遺伝子のピースも少ないし世代交代も早いし数もPCRで簡単に増やせるわ」
ということは。
「稲の病害虫ってありますよね。ウンカとかヨコバイとか」
「あれね。セグロウンカ、トビイロウンカ、ツマグロヨコバイ、あとはゾウムシね。稲の害虫はほんと多いのよ」
ミナト先生がため息をつく。
実家が農家だったりするのだろうか。
農家の娘が生物系に進む。ありそうな話ではある。
「たしかそのあたりの虫って、稲に管を突き刺して栄養を吸うついでに病気にするとか」
俺の指摘に、ミナト先生がゆるふわな雰囲気を捨て去り、きらりと眼鏡を光らせた。
「ソウタさん、なかなか過激派ね。いいアプローチだわ。今から理転して研究者にならない?」
「杉花粉が絶滅したら考えます」
「ふふっ」
「ふっふっふ」
「ちょっとちょっと!あたしにも分かるように説明して!」
議論において行かれた形のヒマリが悪い笑顔を浮かべて微笑み合う俺たちに少し不機嫌な声を上げる。
たしかに。SZZ団のリーダーはヒマリなのだから、置いてきぼりにするのは良くない。
「俺たちのメインのターゲットは戦後に大量に植林された放置されている杉林、だよな?」
「そうね」
元から自然な形で生えていた杉が問題なのではない。
人工的に植えられ大量の花粉を都市にまき散らす杉が敵なのだ。
心情的には殲滅してやりたいが全てを敵に回すのは効率が良くない。
戦争の基本は各個撃破だ。
「おそらくは急激な木材の需要増に応えるために有用な品種、真っ直ぐ早く育つ種類を選択して植林されたものと考えられるよな。だから、どこの杉林を見ても同じような感じの光景が続いているわけだ。杉林自体の遺伝的多様性が低いんだ」
実際に全国の杉の遺伝子検査をしたわけではないが、およその推測として事実を説明できると思う。
「そうかもね。昭和の昔に遺伝的多様性を気にして植樹したとは思えないわね」
「遺伝的多様性が低いのは工業製品としては素晴らしい性質にバラつきが少ないし、加工する際にも強度や形が同じなら製材の労力が減る。だけど生物としてはどうだろう?」
「そういうことね!同じような品種は同じ病気にかかりやすくなる!」
ヒマリが理解の色を示しばちんと両手を叩いた。
「そう。そして強化された病気を媒介するのは移動能力を増やした杉の害虫だ。元からいる害虫に病気を媒介させるんだから誰も不審に思わない」
「そして虫を撒くのはドローンってわけね!やれるわね!全国の杉を枯らせるわよ!」
興奮して立ち上がったヒマリに併せて、俺も思わず立ち上がりハイタッチをした。
「杉花粉絶滅!」
杉花粉を絶滅させる具体的な方針に目処が立った瞬間だった。
SZZ団の未来は明るい。
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