第15話 ネズミはやめときましょう

講義はつづく。


「じゃあ杉の血管にあたるものは何でしょう?」


「道管」


さすがにそれぐらいはわかる。


「そう。水を運ぶ道管。栄養を運ぶ師管。これは理科でやったはずね。それで杉の場合は、というか木の道管と師管はどこにあるかというと、木の皮に集中しています。ですから木の皮の道管にえいっ!と農薬を注射すると効率的に杉全体に行き渡らせることができるわけですね。木の頂点には成長点がありますから、そこに注射するか、あるいは根本近くに注射するか。どちらが効果的かは、ちょっと論文を探さないとわかりませんが」


「成長点っていうと、タケノコの伸びるところとか?」


「そうですね。合っています。杉の木の成長点を何らかの形で阻害できれば杉は伸びずに枯れます」


「へえ」


植物も頭を潰されたら死ぬのか。

意外だ。


「そういえば、調査していた記事で昔は大気汚染と酸性雨で山奥の木が大量に枯れた事例があったような」


「原理はそうですね。酸性雨で全体が枯れた、というよりは成長点が潰されて立ち枯れたのかもしれません」


なるほどなあ。

クロキくんの霧吹きドローンを使えばいけるか?


「ただ、農薬は増産が難しいので、できれば他の手段の方がいいんですよね。こちらで種をまけば勝手に繁殖して広がっていく生物的アプローチがいいです。何か虫以外にも手段はありませんか?」


「ソウタさんって積極的ですね♪」


「まあ、杉花粉絶滅しろ、とは思っているんで」


そもそも花粉を飛ばすのに風にのせてばら撒く、とかいう歩留まりの悪すぎる方法を使うのが気に入らない。

昆虫と仲良くして蜜をやるとか鳥のために果物をつけてやるとかすれば良かったんだ。


それに、いかに無人のドローンを使ったとしても山奥の杉が禿げるほど飛ばしていたら近隣住人に気がつかれて、そのうち足がつくに決まっている。

俺は杉と杉花粉を滅ぼしたいのであって社会的生命を危機に晒したいわけじゃない。

学内を徘徊する大学生4回目(無職)の革命戦士達の仲間入りをするつもりはないのだ。


「そうねえ。うーん…鹿の繁殖で林業が被害を受けている話は知ってる?」


「そういう事例ありましたね。あれ?海外のイエローストーン公園だったかな。たしか狼を放つことで元に戻ったとか」


「よく調べてるわね。日本でも同じような事例があるのよ。だけど日本じゃ狼を放つわけにはいかないから、被害は増える一方だけどハンターになる人も減ってるし」


「なるほど」


日本狼が絶滅してかなり経つ。海外から狼を連れてきたところで血縁は切れているし、そもそも野生の鹿を襲うよりも家畜や人間に襲いかかる公算が高いわけで。


「それで冬に餌がなくなると、鹿って木の皮を齧るのよ。ガリガリとね。あとは角でこすったりとか」


「そんなに凄いんですか」


たかが鹿が齧ったぐらいで木が倒れるものだろうか。ビーバーじゃあるまいし。

けれども、ミナト先生(そう呼ぶように強制された)の言うには、皮をかじられるだけで致命的な損傷になりうると言う。


「木の道管と師管、つまり水と栄養は皮を通じて運ばれているから、一部でも皮をはがされるとダメージが大きいのよ。幅がたった5センチの傷だったとしても、ぐるりと幹の周りを齧られたら全ての水と栄養の行き来が絶たれちゃうから、あとは枯れるしかないの」


「なるほど。わりと簡単にいけるんですね」


木を伐るとなるとチェンソーを担いだ重労働になるが、木の皮をはがしてまわるだけならちょっとした工具で済むのかもしれない。

SZZ団<うち>のドローンに積めるだろうか?


「そうよ。木にとって皮が剥がれるっていうのは大変な事態なの。そこから病気や虫が入ったりするかもしれないでしょ?だから松ヤニとかを出して大急ぎで修理するの。木工ボンドか、かさぶたみたいなものね」


相撲取りや体操選手が足や手のひび割れを瞬間接着剤でくっつける、という話を聞いたこともある。


「だから杉を齧る動物がいれば、虫よりもずっと効率が良いとは思うんだけど…」


「ネズミとかですかねえ」


「ネズミの遺伝子を弄るのはちょっと怖いわね」


珍しくミナト先生が弱気だ。


「例えば杉を齧るのが好きなネズミが作れたとしても、食べるモノがないからすぐに人里に降りてきて家の建材を齧るようになる可能性が高いわよ」


「たしかに」


例えば飢えた鹿を連れてきたところで、すぐに移動して農家の農作物を食べるようになるに決まっている。

移動能力が低い動物は困るが、ありすぎる動物はもっと困る。


単に杉を枯らす、というだけでも無数のアプローチと欠点がある。

うかつな犯罪者になりたくなければ、手段についてはもう少し議論が必要に思える。

それに、ヒマリとミナト先生には、もう少し隠し玉があるように思えるのだ。

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