第14話 毒の専門家

杉を枯らすには生物の専門を、ということで3日後にSZZ団部屋<アジト>で紹介されたのは、女王然としたヒマリとは真逆のゆるふわ系の女子だった。

肩までの長さで緩くウェーブした茶色っぽい髪。頭になんか帽子かぶってるしスカートもなんかゆるっとしてる。

よく知らんけどアイドルとか声優っぽい。

陽キャっぽいけど、陰キャの中心にいてもおかしくないというか。


「ミナトさん。生物学科の子。紹介は…あなた達はいいわね」


なぜか理系の男どもは彼女を目にした瞬間に低いうめき声を上げて後ずさり、部屋の隅に縮こまってしまった。


「・・・なんだ?」


あの怯えよう、普通ではない。

彼女<ミナト>の後ろに霊でも憑いているのか?


「よろしくお願いします。ソウタさんですね?ミナトです♪」


ミナトがこちらにぴょこんと頭を下げた。

仕草があざとい。合コンでモテそうだ。


「彼女のあだ名は壊し屋<クラッシャー>よ。猛禽系女子なので手を出して食いちぎられないように」


猛禽系女子。聞いたことがある。

合コンで無双する戦士タイプだ。

合コン出たことないから知らんけど。


「あー、ヒマリちゃんひっどいんだー!」


ぷんぷんと怒ってみせる動作がすでにあざとい。


「SZZ団<うち>をクラッシュされたら困るもの。サークルをクラッシュしたいなら余所でやりなさい。テニスとか国際交流とか、ちゃらいサークルがいろいろあるでしょ?」


「うーん、ミナトそういうのもういいかな、って」


「10以上もクラッシュしたら、そりゃ飽きて当然ね」


すごい。あの女<ミナト>自分のことを名前で呼んだぞ。

声優とか動画投稿者以外の現実世界でそんなことする人がいるのか。

現実の人間ってすごい。


「ほら、そっちの男子達もそんなに怯えないの!そういうことはしない約束で呼んだんだから」


「よろしくお願いしまーす♪」


ミナトはゆるふわな衣服をふわりとさせつつ軽く頭を下げた。

それだけで”なんとなく許した”雰囲気が漂うのは、これは魔力とかカリスマとかいう系の能力者なのだろうか。

こわい。近寄らんようにしとこ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「うーん、そんな都合のいい虫いるのかなあ」


と言うのが、専門家であるミナトの見解だった。


「まずね、杉ってすっごい丈夫なの。丈夫じゃなかったら建材に使われたりしないでしょ?」


確かに。


「それから杉の葉っぱって虫にとって美味しくないの。燃やせば虫除けの線香になるぐらいだもの」


「そういえば祖母が昔はよく杉の葉を燃やして線香にしたとか言ってたような」


「そうね。まあ今は除虫菊の方が有名だけど。だから葉を直接食べる虫はいなくもないけどスギドクガの幼虫くらい?それだって杉を枯らせたりには全然足りない。それに毛虫だから移動能力も低いし爆発的に増えるとはちょっと考えにくいわね。海外の虫でいたかなあ…」


「他にはいないのか?」


「樹皮を齧るなら蛾とカミキリの幼虫がいるわね。コウモリガ、ヒノキカワモグリガ、スギノアカネトラカミキリ…あとコガネムシの幼虫が根を齧ってたりもするけど、それも木を枯れさせるほどじゃないわ。せいぜい杉の木の商品価値を落として伐採する意欲がなくなるぐらい」


「それは困る。放置された杉の木が増えると花粉が増える」


もとはと言えば、戦後に住宅政策のために大量に植林された杉の木が海外輸入木材との価格競争に負けて放置されていることが杉花粉問題の根幹なのだ。

放置のインセンティブを高める方策は望ましくない。


「そうねえ。簡単に枯らそうと思ったらやっぱり農薬かしら」


「そうなるのか。しかし杉の木を枯らそうと思うと大量の農薬が必要だろう?」


「やり方によってはそうでもないわよ。注射すればいいの♪」


ミナトはやわからく微笑んだが、なぜか背筋がゾッとした。


◇ ◇ ◇ ◇


意欲ばかり先走り杉の木の研究が足りない、ということで急遽SZZ団の部屋で講義が開かれることになった。


講師はミナト先生。なぜか眼鏡をかけだした。

すごいな。動作から小道具までぜんぶあざとい。


生徒は俺とヒマリの2人だけ。

まあ隅で怯えている理系の連中は別に受けずともいいだろう。

声ぐらい聞こえているだろうし、必要なら後で教えればいい。


「杉の木に限らず木はどうやったら枯れると思う?」


「日光、栄養、温度、空気が不足したとき」


「あら、正解。ソウタさん文系のわりに詳しいわね」


「センターは生物選択だったんで」


「化学は?」


「そこそこに」


俺が答えると、ミナトは満足そうにうなずいた。


「じゃあ原理についての話は早いわね。一般に農薬を作用機構で分類すると、除虫剤、除菌剤、除草剤に分かれるの。ここまではいいかしら?」


「なるほど。確かに農産物につくのは虫と病気と雑草ですもんね。わかります」


「それで、驚いたんだけどクロキくんが開発したのは最後の除草剤にあたるわけね。杉を木ごと除草しよう、という効果なわけ」


「そうなりますね」


「そこで、質問。もし人や動物を速やかに毒殺しようと思ったらどうする?」


「食事に混ぜるわね!」


ノータイムで笑顔で答えたのはヒマリだ。

こええよ。


「そうね。それが根本に撒く方式。植物の吸水機構を利用するわけね。ヒマリさん達が大学の杉を枯らしたのはこの方式」


「なるほど」


ヒマリ達も何も考えずに農薬を撒いていたわけじゃないのか。

いや、ある意味で何も考えていなかったのかもしれないが。


「もう一つは?」


「直接血管に注射するわね!」


「正解♪」


ヒマリもミナトもすごく楽しそう。

だけど、満面の笑顔を見せ合う女達がすごく怖いんだ…。

なぜだろう。

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