第13話 バイオハザード・アプローチ
生物学的アプローチを発想したのは、アフリカの大地で発生した飛蝗の記事と動画を見たことがきっかけである。
何千億匹という集団の飛蝗があらゆるものを食い尽くしながら移動する様子はまさに天変地異と呼ばれるに相応しい規模であった。
その様子を見ていて思ったわけだ。
「もしも、あの飛蝗が杉の花を全て食べてくれたらどうなるだろう?」
残念ながら俺にバッタの進路上に杉の林を持って行く能力はないので、飛蝗か似たような昆虫の群を杉林の中で発生させる必要がある。
それに、そもそも杉は飛蝗にとって大して美味い餌でもないだろう。
となれば、もともと杉の木を好む病害虫か、それに近い形質の虫を日本に持ってくればいい。
できれば繁殖頻度や数の多い虫、日本で天敵のいな虫がいい。
繁殖力や好む餌の性質を調整できれば、日本で杉の画期的な病害虫として一挙に広まってくれるのではないだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇
「いいわね。気に入ったわ」
というのが、俺の構想を聞いたヒマリの評価だった。
「ただ…」と幾つかの懸念をヒマリは挙げた。
「その方法がうまく行くと林業に壊滅的な影響が出るわね。それについてはどう考えてるの?」
「そうだな。ただ、言ってよければ林業は既に壊滅しているよ。壊滅して、ほっとかれた産業廃棄物からの汚染物質が俺たちの生活を脅かし続けてるんだ。だからこの際、戦後に植えられた杉は全て枯らすべきだな。それが日本国国民全員の健康と福祉を向上させる」
「杉が保水していた山が崩れて水害になるかもしれないわよ?」
「そもそも今の杉はほとんど保水の役に立っていない。弱った杉を生かしておくのはかえって山のためにならない。適度に間引いて山に光を入れるべきだ」
「杉だけじゃなく近縁種にも被害が出るかもしれないわよ?」
「それはコラテラル・ダメージってやつだ。俺はヒノキの風呂に縁もないしヒノキ箸も使ったことがない。割り箸だったら端材からだって作れる」
何となく論文審査で教授の口頭試問を受けているような気分がしてきた。
もっとも、目の前の女王は合格したところで別に単位をくれたりはしないが。
むしろ良い成績をおさめると、それだけテロが計画から実行に近づいていく分、合格をしないと審査者の気分を損ねるが合格すると自信の社会的リスクが高まるという二重罠かダブルバインドな性質の答えた時点で負けという悪問であったのかもしれない。
「それで、実行可能性はどのくらいあるの?」
「研究論文で幾つかの虫の種類に目をつけてある。だけど俺は専門じゃないから、虫を決定したり改良したりはできない。そのあたりの人材の調達は任せたい。当てはあるのか?」
ヒマリは小さくうなずいて「同志は大勢いるのよ」とだけ言った。
◇ ◇ ◇ ◇
リア充で満ちたカフェから外に出ると、雨が降っていた。
雨はいい。気分を落ち着かせてくれるし、何より憎い杉花粉をたたき落としてくれるのだから!
しかし、せっかく高揚した気分に水を差す存在が、このカフェの出入り口にたむろしていたのは計算外だった。
なにしろ傘をさすまでもない小雨だというのに、連中はモタモタといちゃついた上ではかったように2人で1つの傘に窮屈におさまって出て行くのだからやりきれない。
「やれやれ」
僕はつぶやいた。
パスタをゆでたい気分だった。
ちなみにヒマリは俺を置き去りにしてタクシーを捕まえて去っていった。
ちくしょう、ブルジョワめ。
貧乏学生<プロレタリアート>と資本階級はやはりわかりあえない。
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