第12話 テロの費用対効果

「単純に費用対効果の問題なんだ」


ヒマリも経済学部なので、利益という共通言語があるのはありがたい。


「あの農薬はたぶん凄いんだろう。学内の一部のスギやテロに使うなら格好の兵器だと思う」


「そうね。クロキくんには才能があるわ」


「だけど、高い」


「事実ね。認めるわ」


「もしも安くしようと思ったら大規模な設備で量産する必要があり、そのためには権利を売って製品化されるのを待つか、自分たちで大きなプラントを製造しないとならない」


「原理的にはそうなるわね」


「前者は農薬の例もあるし、売却と申請、そして製造と商品化にどれだけ時間がかかるかわからないし、そもそも商品にならないリスクもある。後者のケースで投資はどのくらい必要になるかわかるか?」


「そうね。細かく試算したことはないけど、数百万ってことはないわね」


「…大金だな」


数百万もあれば大学近くの弁当屋で1万回注文できる。

一番お世話になっている最安のり弁だと2万回。唐揚げ弁当や鮭弁だと1万回。豪華幕の内(通称ブルジョワジー弁当)だと6千回ぐらいか。

大学生が10年続いても昼間の弁当に困らないな。


「逆よ逆!数百万じゃとても無理って意味なの!最低でも数千万から数億はかかるってことよ!しかも申請業務が山ほど必要だし大学の中じゃ作れない。使用した薬品についても厳しい報告義務があって流用は難しいわね…」


「なるほど…」


なんてことだ。どうも研究や事業活動というのは貧乏学生の金銭感覚を遙かに越える規模で金がかかるらしい。


「でも抜け道はあるわ。つぶれそうな地方の化学会社や工場を買収して在庫を流用してから倒産させれば行方なんか終えなくなるし…」


「待て待て待て」


なぜわき道にそれるだけでなく直滑降で違法な方向に悪知恵を働かせるんだ。


「そうね。そんな会社で確保した薬品が使用できるか、効能や安全性にはかなり疑問があるわよね。ダミー会社を通したとしても、化学薬品は含有物で足がつくって言うし…」


「そうなのか?」


日本の警察凄い。鑑識すごい。


「…って海外ドラマでやってたわ」


「ドラマの話か」


とはいえ、ドラマだからと言ってバカにしたものでもない。

いかにもありそうな話ではある。


最近のサブスクサービスで見られるようになったアメリカの海外ドラマの質は本当に高い。

日本のドラマとはかかっている予算の桁が二桁違う。

特に脚本は優秀な脚本家の多人数チームで書かれているらしく、詳細なリアリティは他の追随を許さない。


「ともかく、金がかかる。時間もかかる。リスクも高い。対人テロならともかく、SZZ団の兵器として化学兵器は向いていないと思う。それが俺の現時点での所感かな。もちろん、クロキくんが画期的な合成方法を思いついたり、足のつかない薬品類を大量に合法的に入手できたり、施設類を安価に使用できる環境が備われば状況が別だけれど」


「そうね」


「それに作るだけじゃない。撒く段階でもリスクがある。ドローンを使っても山一面の杉を枯らすには途轍もなく時間がかかるだろう?大学の時だって一本の杉を枯らすのにもの凄く手間をかけていたじゃないか」


「認めるわ。それでプランBは?」


方針を素直に修正する、というヒマリに驚いて、思わず顔を見直した。


「なによ。惚れた?」


「プランBとか日常生活で言う人を始めて見た」


「はったおすわよ」


額に押しつけられたヒマリの指先の爪は痛かった。

爪を切れ。

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