第11話 化学コンビナート

とりあえず作戦のアイディアを幾つか説明する。


「山火事作戦はおいておくとして」


「しないわよ」


目を逸らすヒマリを見つめる。

これは嘘をついている目だ。


「実は山火事作戦にも良い点はある」


「やっぱり!?」


嬉しそうに向きなおるヒマリ。やはり

未練があったらしい。


「山火事で良いのは、犯人がわからないこと。制御不能なまでに広がる可能性があること。後者の条件は普通はデメリットなのだけれど、我々は杉花粉を絶滅させるために杉を根絶やしにする予定なので都合がいい」


ふんふん、とうなずくヒマリ。

とはいえ釘はさしておかないと。


「だけど山火事作戦はデメリットが大きい。犯人だとバレたら俺たちは成人済なので刑事犯。おまけに杉の木が燃えたら賠償で民事。まかり間違って山火事で人死にでも出たら殺人犯な上に後味が悪すぎる」


「そうね。生きていたら罪の一つや二つは犯すかも知れないけれど、杉の木のせいで人生台無しなんてイヤね」


「そういうこと」


リスクとリターンが理解できる、という意味でヒマリはわかりやすい。


「そこで質問があるんだけど、例の農薬ってどれくらい量産できるモノなの?量とか価格とか目安があると作戦がたてやすいんだけど」


ヒマリは腕を組んだまま少し難しい顔をして答えた。


「うーん……ちょっと細かい数字はクロキくんに聞かないとだけど、まだ試作品の段階だから何とも言えないわね。価格は市販品の500~1000倍ぐらい?」


「たかっ!!」


そんなにするものなのか。

いや、原料だって表に出ないように集めないといけないし、量だって手工業的な設備で職人がつくるわけだし、全部が成功する訳じゃないし…そんなものなのかな?


「あたし達の作ったスギコロシ(ひどい命名だ)が高いんじゃなくて普通の農薬が安いのよ」


ヒマリの指摘はあたっている。


「考えてみれば、農薬って確か湾岸のコンビナートの化学会社が人が入って洗えるようなでかいタンクとかでまとめて作ってるんだものなあ…そりゃあ安くなるか」


「だから資金が必要なのよ」


「うーん……その方向性は未来がない気がする」


腕を組んで悩みだした俺をヒマリがジッと妙な目つきで見つめているのが気になる。

モルモットか何かを観察しているような…瞬きの回数や睫毛の本数を数えられているような。


「何か?」


「いえ。たしかソウタさんって成績良かったわよね」


「真剣に大学生やってるからね」


「1、2年で200単位近くとってほとんど全部の講義で優とか」


「自慢するほどのことじゃないよ。文系だからね。他の連中が勉強しなさ過ぎるんだよ。相対評価だからね」


「うちの大学の学部に来る学生たちだって、わりと優秀なはずよ」


「そうかい?」


大学ってのはサブスクのビジネスをやっている機関だ。

入学金は一定。授業料は一定。サービスは使い放題。

だったら力の限り使い倒してやろう、というのが正しい消費者としての態度じゃなかろうか。

俺は貧乏性なんだ。


…という胸の内は、見るからに金持ちのヒマリには理解できなかろうから大人の俺は黙っていた。立場が違えばモノの見方も変わる。


「で、作戦はまとまった?」


しかし、その配慮の結果がこれだからやりきれない。

女は雑談をしながら考え事をできるかもしれないが、男はそういう風にできていないんだ。とは何の映画の台詞だったか。

だから男は女に口げんかで勝てない。


ただ、今回は図書館から歩きながらずっと考えていたアイディアなので即答できる。


「そうだなあ。化学はやめて、生物学<バイオハザード>でいけないか?」


「面白そうね」


女王の不適な瞳が輝きを増したような気がした。

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