第9話 スマホのない大昔
「東京の次の場所ぐらいは作戦地域を考えておきたいね」
「あらどうして?東京が何とかなれば別にどうでも良くない?」
「それだと他の地域出身者の指示が得られない。具体的には俺からも。東京だけ、と東京も、は大きくて決定的な違いだよ」
「そうね。じゃあ仕方ないわね。ほかの地域も検討しましょうか」
作戦の誤りと修正を進言したところ、思いの外、素直にヒマリは同意した、
彼女も頭が悪い訳じゃない。単に視野が偏って性格が悪いだけなのだ。
顔はいいんだけど…
「とりあえず東京を第一次目標としよう。次の目標は人口順に考えると神奈川あたり?」
「あたしは名古屋がいいと思うわ」
「意外だね。その心は?」
「だって今の日本の外貨獲得を主導してるのは名古屋の自動車関連産業だもの。インバウンドとかも流行病で壊滅しちゃったでしょ?あたし達がそこそこの暮らしをしていけるのも、結局は外貨を稼ぐ産業があるから。だったら、政治経済の中心の東京の次は外貨を稼ぐ中心の名古屋でしょ?」
「論理的だ。おどろいたね」
ヒマリのくらし向きが”そこそこ”であるかどうかには大いに議論の余地があるが、名古屋に目をつけたのは悪くない。
たしかに花粉症によるパフォーマンスの低下を経済価値に換算するならば、経済価値を最も生んでいる地域から手をつけるのは悪くない。
「じゃあ、名古屋ということで」
狭い個室で話し合いをしつつ論文を検索していると、面白い調査に行き着いた。
「過去に大手通信企業が花粉飛散のシミュレーションをしているね。気象や風速と併せて東京に飛んできた花粉がどこから来ているのかを高い確度で予想する、というやつだね」
「あら。それって東京の加害者の杉がどこにいるかわかるってこと?」
「大ざっぱに言えばそうだね。とはいえ、そこまで精度が高いものじゃなくて、どの県のどの地域あたりってとこまでだけど」
「十分じゃない。犯人がわかれば、そこを焼き払うかまとめて枯らしてやるわ!」
「まあまあ。この論文は結構古いから、今ならもう少し精度が高いシミュレーションができるかもしれないね」
「どのくらい昔の論文なの?」
「15年前」
「スマホもないような大昔じゃない!」
「まあ、確かに」
気象学的に大昔かどうかはともかく、俺やヒマリからすると15年前と言えばものごころがつくかどうか、の時代だ。
スマホがあったかどうかも怪しい。というか、たぶんなかっただろう。
昔の人達はスマホもなくて、どうやって生活していたのだろう?
「計算力だけじゃなくて、今と15年前じゃ気象条件も建物も全然違うしね」
東京はオリンピックに向けて再開発が進んだし、地球温暖化で気象変動も起きている。
15年も前の大昔のシミュレーション結果が今と同じとは考えられない。
「気象庁か厚生労働省あたりで追加の委託研究してないかなあ」
「どういうこと?」
研究調査に疎いヒマリのために簡単に解説する。
「杉花粉は昔から問題になってきたし、研究は続けられていると思うんだよね。特にシミュレーション系の研究は計算資源が増えればそれだけ手を着けやすくなるし成果もでやすいんだ。気象庁は杉花粉の予報を出しているし、厚生労働省は杉花粉の医療費について説明の必要がある。そんなわけで、官僚的には研究に資金を出しているはずだと思うんだ」
「官僚も無能じゃない、ってわけね」
「そりゃそうだよ」
むしろ官僚達は日本で最も賢い組織集団である、と思う。
東大法学部が普通の学歴とか、頭おかしいレベルである。
そんな人達がしのぎを削って出世競争しているのだから、官僚組織が無能である筈がないのだ。
もっとも杉花粉対策については後手に回っている印象が否めない。
「だからあたし達SZZ団の出番ってわけよ!」
と、ヒマリは断言する。
そうかなあ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます