第8話 東京とそれ以外
文系の大学生が図書館でするべきことは何か。
レポート?昼寝?漫画?映画鑑賞?
いいえ、文献による調べ物です(上記も可
「まずは学術論文にアクセスします。大学が論文のネットワークと契約しているので大学生はただで学術論文を見ることできます。この利点を生かさない理由はありません」
「あなた、さっきから誰に話しかけているの?」
大学図書館は調べ物をしたり論文を書いたりする大学生、大学院生のための個室も備わっている。
そこで大学のネットに接続して研究論文を探そうとしているのだけれど、そこにもやはりヒマリはついてくる。
おかげで部屋が狭い。
あと椅子が一つしかない上にヒマリが当然のように座ってしまったので、個室を借りた作業者の俺がなぜか意識高いエンジニアのように立ったまま中腰で机上のPCのキーボードを叩く羽目になった。
「そりゃあ…せっかく大学に入って大学生になったにもかかわらず人類の知的資源へのアクセス機会を投げ捨てて恋愛とリア充に励んでいる全ての学生達に対して?」
「なんの僻み?」
「僻みじゃない。事実だ」
「恋愛とか別にいいわ。退屈だし、ろくな男が寄ってこないし」
金持ちに赤貧に喘ぐ貧乏人の気持ちはわからないようだ。
が、よくよく考えると大学でヒマリに寄っていった男にろくな奴はいなかったように思える。
美人は美人で大変なのだろう。
「まあ、とにかくいろいろと考える必要があると思うんだ。杉花粉を最終的に駆逐するにしても、作戦を立てるにも基礎となるデータは必要だろう?」
「作戦、そうね。作戦は大事ね。戦略なくして勝利なし、というものね」
「作戦と戦略は全然違うモノなんだけど…」
「そういう面倒くさい議論はいいから!」
戦略と戦術と作戦はレイヤーが違って…と細部について語りたい気持ちはヒマリに叩き潰された。
まあ確かに有効な議論か、といえば単に知識をひけらかす結果になってしまう気もする。
せっかちな指揮官を抱いた兵卒の悲哀を感じつつ説明を続ける。
「そもそも、君らはどのあたりを目標にしてるの?」
「君ら、じゃない。SZZ団は私たち、よ」
ヒマリから訂正が入る。
「悪いね。現実を受け入れられないせいか、つい傍観者っぽく話したくなるんだ。ええと、俺たちの目標はどこに置くべきだろう?最終的な目標は国内の全ての杉花粉駆逐だとしても、機材や人員、予算の限りがある以上は、今すぐ全ての杉を枯らせないわけで。優先度やスケジュールは考える必要があるだろう?」
「受験勉強で言うなら、どこの学校で合格ラインをひくか。どこの科目に力を入れて勉強の計画を立てるか。そういうことね」
「そうだね。あとは受験勉強と違って人の手はいくらでも借りていい」
「バレなきゃカンニングしてもいい、ってことね」
「……まあ、そうだね」
なぜヒマリの思考は違法な方向に進むのだろう。
こればかりは本人の資質だろうか。
「そうね。まずターゲットは東京ね。東京に飛んでくる杉花粉をなくせばいいわ」
「まあ順当な目標設定かな。困っている人も多いし。多いってことは、成功したら感謝されるってことだね」
「あたしは東京以外に住む気はないもの。東京以外の日本がどうなってるのかよく知らないし」
「…そういう田舎の人を敵に回す発言はほどほどにね」
「そうね。田舎の人も別に好きで田舎に生まれた訳じゃないものね」
さすがコミュ傷ヒマリ。
本人に悪気はないのだろうけれど、栃木生まれの僕の気持ちをザクザクと削ってくる。
案外、ヒマリに絡んだ連中の中には生まれた土地を貶されて激昂した郷土愛に溢れた硬骨漢もいたのではなかろうか。
俺は腕力に自信がないから何もしないけど。
「それで東京に飛んでくる花粉をなくしたい、となるとまずどこから飛んでくるのかを追跡しないといけない」
「どこからって西からじゃないの?町田とか立川とか多摩の山奥とか」
「その3つを同じレベルで並べるのはやめなさい」
町田だって東京でしょ!
「23区以外は東京じゃないもの」
いるよね、こういうこと言う東京の人…
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