第7話 へんじん
しばらくして。
ヒマリの強引な勧誘で立派なテロリストの一員となった俺は、社会的生命を人質に取られることと引き替えに身体は無事なままにSZZ団の部屋から解放された。
「SNSはフォローしてグループに入れておいたから。あとこのSZZ団アプリもインストールしておいてね」
「えっ」
露骨に嫌な顔をするとサガミがタワんだ竹馬のような身体に眼鏡を光らせて
「心配することはないでごザル。SZZ団内の秘密通信用に拙者が開発したアプリで暗号強度には自信がありマス」
と断言した。
いや、心配しているところはそこじゃないが。
とはいえ、ここで何か言うと10倍ぐらいに膨れ上がった専門用語が返って来そうで、しかも知りたいことは返ってこないだろうから諦めてスマホにアプリをインストールした。まあ知られたくないときはスマホの電源を切っておけばどんなアプリでも悪さはできないだろう。そうであって欲しい。
いざとなればアプリをアンインストールする、という手もある。
「あと、それ10桁のパスワードを打ちこまないとアンインストールできないから」
俺の浅はかな思惑を無慈悲かつ丁寧に潰してくるヒマリ。
ですよねー。
◇ ◇ ◇ ◇
「ハッックション!!」
テロリストのアジトから外に出ると、再び杉花粉の攻撃が始まった。
くしゃみ。はなみず。風邪を引いたかのような意識の希薄化。
ああ、確かにこれは許せない。
なまじ杉花粉フリーの環境を体験してしまったのがいけない。
たしかに、あの部屋は放射能まみれの土地における安全地帯、ゾンビアポカリプスにおけるグリーンゾーンであった。
「意地を張らないで部屋にいればいいのに」
なぜか杉花粉に満ちた世界でも涼しい顔をして隣を歩くヒマリ。
そう。なぜかこの女は文系の学部棟に戻る俺について来たのだ。
「なぜついてくる」
「あたしも学部一緒じゃない」
そういえばそうだ。
しかしヒマリの言葉を素直に信じていては知らないうちにテロの主犯に祭り上げられてしまう。
「それで本音のところは」
「学内の監視カメラに一緒に映っている証拠映像を増やします」
ものすごく計算高い下心だった。
いや、犯罪の共犯に仕立て上げることを下心というのだろうか?
議論を諦めて歩き出す。
「それでどこに行くの?」
「大学図書館」
「真面目ね」
「これでも真剣に大学生をやってるんでね」
ふうん、とだけ同意してヒマリはついてきた。
道中で語学の同級生の知人とすれ違ったが、ぎょっとした顔で道を譲り、ついで一様に哀れみの視線を向けてきたのが印象に残った。
犠牲の羊を見つめていた古代の人は、あんな表情をしていたに違いない。
「立てば爆薬。座れば地雷。歩く姿は手榴弾」コミュ傷のヒマリの面目躍如である。
黙っていれば顔だけは美人なのだが。
学部図書館と独立した大学図書館は案外遠い。
大学の卒業生で偉くなった社長さんが寄付してくれたらしい巨大図書館は蔵書、設備ともに充実しているのでお気に入りの場所である。
「あなた、普段から図書館にはよく来るの?」
「本の匂いを嗅ぐと安心する。図書館は考えをまとめるのに最適の場所だ。開館から閉館までいても全く退屈しない。館内に食堂とシャワーがあれば暮らせるのに、と残念に思っている。自慢じゃないが俺より大学図書館に入り浸ってるのは図書館の職員ぐらいだ」
胸を張って早口で図書館愛を語る俺に、ヒマリは情け容赦ない評価を浴びせた。
「変人ね」
へんじん!?この女にへんじん呼ばわりされた!!
温厚な常識人を辞任する俺も、さすがに黙っていられない。
「理系の大学生が研究室に籠もるように、文系の大学生は図書館に籠もるべきだ」
「見解の相違ね。大学生は世界を変えるために有効に時間をつかうべきよ」
そうして愚にもつかない口論をしつつ、俺たちは大学図書館へと向かったのである。
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