第6話 自力救済

うんわかった。


ここは狂人の巣だ。

最大限に穏当な言い方をしてもテロリストのアジトである。


慎重に刺激しないよう交渉し、日常に回帰しなければならない。俺は家に帰るんだ。

彼らが犯罪行為で自爆するのは勝手だが巻き込まれてはかなわない。


「あ、ちなみにソウタさんはもうSZZ団のサークル名簿に幹部で登録されてるから。オンライン登録って便利よね」


「既に逃げ道を塞がれてた!というか、これサークルなの!?」


「もちろん大学公認よ。ちなみにサークル部屋も予算も貰ってから」


「おかしいでしょ!!大学しっかりして!?」


この女〈ヒマリ〉、既にこちらの退路を断っていやがった。

なんだその無駄に高い政治手腕!


「おかしくないわよ。あたし達SZZ団の活動目的は杉花粉被害の撲滅。そのための調査研究活動だもの。国から補助金が出たっていいぐらいよ」


「調査研究活動」


いつから調査研究活動がテロ準備活動と同じ意味になったのだろうか。


「そうだけど?」


だめだ。自分の正義を疑わないヒマリを放っておけば、本当にテロをやらかしかねない。

結果、サークルに連座して俺の就職も社会的生命も断たれる未来が見える。


日本の世間は外れモノに厳しいが、犯罪者にはもっと厳しい


「・・・わかった。降参。参加するよ」


それにだけど、少しだけ唐突に訪れた非日常体験にワクワクする自分を発見してもいた。


◇ ◇ ◇ ◇


となれば、少しばかり確認しておきたい事項がある。


「それで、このエスゼットゼット団だっけ?この団体は杉花粉の絶滅を目指すんだよね」


「当然よ!」


「そのためのドローンであったり、農薬であったり…」


「力なき正義は無力よ」


「ああ、そういう…」


百歩譲って杉花粉患者の一人として、動機には共感できる部分もある。

が、手段についてはもう少し穏当な手段はないものだろうか。

具体的には犯罪にならない程度で。


そうした主張を婉曲に伝えたところ


「3ヶ月。16枚。5人」


「うん?」


返ってきたのは数字の羅列だった。


「杉花粉をまき散らす杉がキャンパス内にある。なので木を切りたい。そうした申請をしなかったと思うの?3ヶ月待たされて、各種書類を16枚は書かされたわ。担当部署をたらい回しにされて担当者は5人変わったわ。それで出てきた結論が”予算不足のため来年度、再検討する”よ!!」


ああ、いかにもありそうな話だ。

少子化で大学生は減少し、国庫からの助成金は減る一方。大学職員だって多くは非正規の契約社員だという。

一大学生の苦情如きにつき合っている余裕はないのだろう。

一人の学生の声の裏に多くの声を出さない学生のニーズがある、など察することのできる人も組織も日本の30年のデフレが削り取ってしまったのだ。


「あたしは悟ったの。この国の仕組みでは杉花粉被害を防げない。あたし達の未来に責任を持ってくれたりしない。あたし達はあたし達のために戦うのよ!」


そうして誕生したのが、目の前の自力救済を是とする女王なのである。


日本の政治家、警察官僚の方が見えますか?ここに立派で強靱な思想犯が誕生してしまいましたよ。


「お茶がおいしい」


まあつまりは、俺はテロリストの一員となってしまった自分の立ち位置からぼんやりと現実逃避していたのだった。

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