第5話 怪しいログ

「ちがうちがう、そうじゃないでごザル。これだから機械系のクロキ氏に通信の話はさせられないでごザル」


ごザル?


奇妙な語尾をつけて近づいてきたのは、ひときわ背の高い(180近い俺よりもさらに高い)痩せ形の男だった。


「ええと、こちらサガミくんね。情報通信学科の。この子もすごく才能があるのよ」


「まーセッシャにちょっとばかり特別なスキルとキャリアがあるのは事実でごザル」


サガミくん、と呼ばれた男は少し猫背になりつつ銀縁の眼鏡の位置をなおした。


すごいな。いまどきこんな昔のアニメに出てくるみたいなオタクっぽい学生が実在するとは。


あっけに取られていると、もってきたノートPCに怪しげなプログラムのウインドウ(黒い背景に読めない英単語が書いてある)を開きつつ、マスクがなければ唾をとばしていたであろう勢いで語り出した。


「通信と一口で言っても様々な方式があるでごザル。スマホがついているから通信できる、というほど単純ではないのでありマス。例えば、このドローンは杉の密集地まで飛ばさなければならないのでありマスから、通信は普通の携帯と同じでは電波が届かない可能性があるのでありマス。であればGPSを活用を考えるのが論理的ということになりますな。なにしろ今や軌道上に一万を越える低軌道衛星通信網が存在するのでありマスから、いわゆる宇宙インターネットにつなげば位置を同定しつつ飛行することなど、朝飯前なのでありマス」


サガミのいう宇宙インターネット衛星群のことは少しだけ知っている。

今世紀のはじめにアメリカのロケット会社と通信会社によって大量に打ち上げられた衛星通信網のことだ。


日本のように狭い国土に人口が密集している地域と異なり、世界には通信アンテナの地上局を設置するだけのインフラがない国、設置すると部品を盗まれてしまう地域、海や砂漠のようにそもそも基地局の設置が困難な場所がある。


そうした通信網を補完するために低軌道に大量に打ち上げられた衛星のおかげで、今や世界中でインターネットの通じない場所はないのである。


もっとも、俺のような日本から出ることも少ない一般の人間にとっては海外旅行時に選択するお高いサービスの一つでしかない。

だいたいの用事は学内の無料wifiで足りるわけだし。


「しかし!我々の目的を考えればそれもいかぬでごザル!なんとなればログの問題があるのでごザル」


「ログ?」


なんだろう。ログが問題になるとは。


「ログ、つまりは足跡。我々は少しばかり隠れてミッションを遂行したいわけでありマスから、情報的に足跡が残っては本末転倒なのであります。なので、こいつは地形照合飛行ができるのでごザル」


「地形照合飛行?」


チケイショウゴウヒコウ。声に出して読みたくない日本語だ。

人生の今まで一度も使ったことのない単語を今日はやけに耳にする。


「巡航ミサイルと同じ技術よ。地面をカメラで見て確かめながら飛ぶの。通信はしないからログは残らないわ」


「そうでごザル。戦争で使うミサイルがGPSが使えないだけで使えなくなるんじゃ本末転倒でごザル!なんでドローンも当然そうなるべきでござる!もっとも、地形情報は航空写真でしか取れないので、飛べる時間や時期は限られるのでござるが……」


「ええと、つまり写真と見比べながらドローンは通信しないで飛べる。だからGPSにつなぐ必要がなくて、ネットにログが残らないってこと?この理解であってる?」


理解した範囲で趣旨を要約してみる。が、正直なところ自信はない。


「理解が早いわね、ソウタさん。そうよ。あたし達は犯罪者になりたいわけじゃないの。杉花粉をこの世からなくす。杉を絶滅させる。なるべく楽に!技術を活用して!あたし達の仕業とバレないように!ひそかにオペレーションを実現したいだけなのよ。その意味で、サガミくんは凄く貢献してくれているのよ」


「いやあ、光栄でごザル」


マッチ棒か竹竿のような男がぐねぐねと照れる様子は率直に言ってキモい。

が、ヒマリは女王然として顔色一つ変えずにキモいが有能な家臣に相対している。

すごいな、この女。カリスマがある。


なんとなくだが、ヒマリがこの怪しげな男達を統率できる理由の一端が理解できてきた。


「おれだって足跡は気をつけて消してるッス」


サガミに得点を上げられた形のクロキくんは、負けじと自分のドローンを取り上げた。


「こいつの部品は追跡が難しくなってるっす。深センの部品工場の放出品を直接買い付けてる人から仕入れてるんで」


うん?つまりどういうこと?


「中国の深センってところは、世界中の製造業と中小の町工場が集積してるッス。中国のものづくりはドライでものすごい無駄が出るッス。大量に作って大量にあまる。日本の工場だと廃棄する部品も、工員が抜き取って転売するッス。そういう市場があるッス」


「ええ・・・」


それはひどい。製造物責任法はどうした。


「だから慣れない人が値段の安い中国製品を買うとバッテリーの爆発で火事になって泣き寝入りするッス」


クロキくんの解説に、これからは通販サイトで必ず出荷もとの国を確認しよう、と決意した。

とはいえ、今の説明でまた一つ怪しさが深まった。


「つまり、このドローンって部品からは追跡できないの……?」


「できないッス!」


胸を張るな、胸を。


情報的にも追跡できない。部品からも追跡できない。

いったい、この連中はどこを目指しているんだろうか。


話を聞けば聞くほど怪しさで頭が痛くなってきた。


ここまでの話を聞いて、俺はこの部屋から無事にでることができるんだろうか……?

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