第3話 怪しいクスリ

「この部屋が花粉にクリーンなことはわかった。それで後ろの連中は何をしてるんだ?杉花粉アレルギーの薬を作っているようには見えないが」


あのグルグルしたガラス管はともかく、ホワイトボードに貼られた航空写真や乱雑に机に置かれた機械類、それに部屋に据え付けられたサーバーと思しきラック類。

あまり詳しくはないが、なんというか変人達のゴミ置き場というよりは、狂ったオブジェなりのつながりというか、何らかの論理的必然、言うなれば”作戦感”があるのだ。


表現力が貧弱で我ながら嫌になるが、24時間でアメリカを救うドラマなんかに出てくるテロリストのアジトのような雰囲気がある。


「あたしの同志達よ」


ヒマリは胸を張って言う。


同志ときかた。ますます怪しい。


「いまどき学生運動は流行らないぞ」


日本の学生運動が左翼化と過激化の果てに世間と学生の支持を失って数十年が経つ。

いまだにキャンパスにはときおり就職もせず大学生4回目のような自称革命闘士がうろついてビラを撒くことはあるが、ベンチの尻置き以外に受け取っている人を見たことがない。


「あんな頭の悪い団体と一緒にしないでよ!あたし達はもっと現世利益で結びついてるの」


「金か」


それならわかる。

理念とか言い出すよりだいぶ理解しやすくなった。


「あたしは別に個人的なお金に困ってないわ。とはいえ、団体としては確かに資金はもっと必要ね」


「金ならないぞ」


「ウニクロのジーンズを履いている男にたかろうとは思ってないから」


そりゃそうか。


「まあ、あなたみたいなタイプには論より証拠ね。クロキくん!」


クロキくんと呼ばれたマスク眼鏡白衣の一人がのっそりとやってきて、A4用紙に印刷されたレポートを机に置いた。


「英語だ」


「論文ですから」


のっそりと”クロキくん”が答えた。

近くで見ると眼鏡の奥は以外とパッチリとした目をしている。

背丈もまあまあ。体型も太ってはいない。

髪型と白衣からチェック柄を何とかすれば、以外と文系のキャンパスに来たらモテるかもしれない。


「英語なのはまあ何とか読めるとして専門用語が連続していて内容がさっぱりわからない」


恥をしのんで降参すると、クロキくんは別にバカにする様子もなく前置きなく説明を始めた。

何というか、理系だ。


「これは杉を枯らす強力な農薬についての論文です」


「へえ」


まあ、これだけ杉花粉が社会問題になってるんだ。

研究者や製薬会社の研究員自身や家族に花粉症で苦しんでいる人間がいてもおかしくない。

身内の病を何とかしたい、というのは今も昔も薬を研究開発するための強力な動機だ。

杉を枯らしたい、と執念を燃やす研究員が出てくるのはおかしな話じゃない。

むしろ、その種の薬剤が研究されていない方がおかしい。


「植物を枯らす農薬自体はそれほど難しくありません。極端な話、強力な酸やアルカリ溶液をかけてしまえば枯死します」


そりゃそうか。植物だって生き物だものな。


「それで、論文を参考に改良して作用を強力にしたのがこの薬剤です」


ん?なんて言ったの?


「クロキくんの専門は化学〈ばけがく〉でね、とっても才能があるの!」


いやいやいや、クロキくんもヒマリさんも、そこ誉めて照れてる場合じゃないでしょ?


「すごい発明じゃないか!これを売れば…」


「あーそれは無理」


「何で?」


「農薬の審査ってもの凄く厳しいのよ。時間もかかるしお金もかかる。人体に入ったりするかもしれないから」


そうか。そうに決まってるわな。

殺虫剤の生物濃縮や上流のゴルフ場で撒いた除草剤で下流の魚が全滅した、なんていう話は俺でも知っている。


お金が必要だがお金を稼ぐには時間とお金が要るという矛盾。

資本主義だ。


世間の世知辛さにため息をついていると、ヒマリが爆弾を落とした。


「だからね、あたしたちで使うことにしたの」


んん?なんて言ったの??

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