第2話 怪しげな部屋

「おい、どこへ連れていく気だ。いい加減に手を離せよ」


「いいから!」


ヒマリの幹部宣言からこっち、俺は彼女に手を引かれて大学のキャンパスを横断し普段は来ない理系の学部の棟まで来ていた。


明るく光に満ちオープンテラスのカフェなどもあって女子学生も多い文系の学部と違って、校舎には怪しげなパイプや配線がところかまわず走り、ドクロマークのついたタンクなどがむき出しに近い形で設置されている校舎群は、同じ大学であってもまるで異世界のようでもある。


「白衣とツナギ、それにチェック柄の男〈ヤロー〉しかいないな…」


理系女子がー、と政府が旗を振っても理系、特に機械系に進む女子は少ない。

バイオや情報だともう少し比率が高いらしいが。


怪しげな校舎にずんずんと早足で進むヒマリに遅れまいと懸命についていくこと数分。

階段を上ったり降りたり何度も廊下を曲がった突き当たり、照明の蛍光灯が切れかけてチカチカと瞬く怪しげな部室らしき部屋にたどり着いた。


「えす・・・ぜっと・・・ぜっと・・・?」


部屋の扉には巨大な毛筆らしき筆跡で「SZZ」と書き殴られている。

なんだ。何かの新興宗教か。


「ここが本部よ!」


腕を組んで得意そうに胸を張るヒマリ。

なんか思ったよりやべー奴だったのか。


「そ、そうか。よかったな。じゃあ、俺はこれで…」


「逃がす訳ないじゃない。それじゃあ団員を紹介するわ!」


帰ろうとする俺の襟をヒマリはむんずと掴んで部屋の中に引きずり込んだ。


◇ ◇ ◇ ◇


薄汚れた扉の割に部屋は広く明るく、室内には数人の先客がいて扉が開かれると同時に全員がこちらを見た。

なんと全員が男で、メガネで、白衣を着て、ごついマスクをしていた。


おまけに映画やドラマでしか見たことのない、グルグルとねじれたガラス管につながったビーカーや試験管や電装品やコード類が乱雑に置かれた机。

バイオハザードやゾンビ系の映画で見たガラスの箱の内側に手袋がついた設備。

スマホや何かの分解されかけのガラクタが詰められた木箱。

スチールラックに収まったサーバーっぽいチカチカ光るPC類。

壁のホワイトボードには怪しげな数式が書き込まれ、どこかの山を撮影したと思しき航空写真が引き延ばされて貼られている。


なにからなにまで怪しい。

怪しくない点がない。


「この部屋で政府を転覆させるために銃器を製造しています!」と言われても驚かないぞ。


中でも一番に目をひくのは、扉のすぐ前にあるゴツい金属製の配線と配管が張り巡らされたゲートだ。

空港なんかにある金属探知機のついたゲートを試作型にしたような何か。


「ここをくぐって」


ヒマリが背中から押すので仕方なくクグるとゲートを構成する外枠からもの凄い勢いで風が吹いてきて髪型がむちゃくちゃになった。

文句を言おうとすると、ヒマリも同じようにゲートをくぐって来たので仕方なく横にどいた。

悔しいが美人は得だ。髪が吹き散らされても髪を直す仕草も顔がいいだけで絵になる。


「さて。ここならゆっくりとお話ができるわね」


怪しげな部屋に似つかわしくない、逆によく似合っているというべきか。

革張りの高級そうなソファーと観葉植物が飾られた一角にヒマリは俺を導いた。


まあ、毒を食わば皿までという。単に機先を制され過ぎて反抗する気力が欠けていたのかもしれないが大人しく座わる。

このソファー、ものすごく体が沈むな。


「さて。ソウタさん。あなたは私に感謝しないといけないわ」


「感謝?」


出されたお茶を飲みつつ、ヒマリの言葉を反芻する。


妙なことを言う。

文句〈クレーム〉の間違いじゃないのか。


「そう、感謝。ソウタさん、あなた息を吸ってご覧なさい」


こんなムサくてかすかなオゾン臭のする空気を吸って……。


「臭いが、わかる……?」


「そう!まさにそう。この部屋は完全花粉フリーのクリーンルーム。花粉症のあなたには約束の土地、と言っても差し支えないでしょう?」


たしかに、息が楽だ。鼻からも深呼吸ができる。

あの空気が吹き出すゲートの仕業か。

たぶん空気を吹き出すだけじゃなく吸い込んで服や髪についた花粉を吹き飛ばしたのだ。


いや、それにしても部屋に入って数分も経っていない。

人間のアレルギー反応はそんな簡単にひいたりしないはずだが。

まさか。

と、手の中のカップを見つめる。


「そのお茶よ。テスト中だけどアレルギー反応を抑制する効果があるの」


「人を実験台にするな」


「あたしはずっと飲んでるわよ」


反論に対しヒマリは涼しい顔でお茶に口をつけた。

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