杉花粉絶滅作戦
ダイスケ
第1話 陽のあたるベンチ
いま、俺は攻撃を受けている。
感じるんだ。
奴らの攻撃を。
全身の感覚で。
くそっ、もう耐えられない!
「ハッッックション!!」
来た。今年も来た。
毎年毎年毎年毎年…飽きもせずやってくる人類の敵!
杉 花 粉 である。
何の恨みがあって人類に敵対するのか。
戦後、あんなに親切に大量に植えて世話してやったではないか。
そのお返しが大量にまき散らされるバイオハザードのアレルギー物質の爆撃とは。
あまりに人情としておかしくないか。
いったい人の世の恩を何だと思っているのか。
形ばかり真っ直ぐ育って内実はヒョロヒョロで柱にも使えない。
これだから戦後世代は老害だと言われるのだ。
とにかく、杉には飽き飽きした。杉花粉への怒りも忍耐の限界を超えた。
つまり、杉はもはや人類の敵である。
杉は滅ぼさねばならぬ。
◇ ◇ ◇ ◇
「なかなかの詩情ね?」
「あっ!ひとのスマホ覗くなよ!」
今年もやってきた杉花粉への怒りの心情を文学に昇華しているところなのだ。
女に話しかけられると文章に邪念が入る。
「大学の外れベンチで文学も邪念もないでしょうに」
「わかってないな。このベンチは完璧なんだ。まわりを見てみろよ」
「・・・少しだけ陽があたるわね」
「20%正解だ。この季節、このベンチは校舎の隙間で16時まで日光が遮られずに暖かい。その上でイチョウ並木は風を遮ってくれる。つまり、このベンチは暖かく風があたらない特別なベンチだ。春の憤懣やるかたない怒りを叩きつけるのに相応しい書斎だ」
「怒り。そうね。世界への怒り。大事だわ」
財前陽葵<ざいぜんひまり>。略してヒマリ。
鼻で嗤ってセミロングの髪をかきあげる様子は確かに絵になる。
そこそこ金持ちの子女が通ってくるこの大学で影のミス・クイーンと賞されるだけのことはある。
が、俺は知っている。この女は「立てば爆薬 座れば地雷 歩く姿は手榴弾」と別の意味で賞される途轍もないトラブルメーカーなのである。
美人であることは認めよう。金持ちらしいことも服装や持ち物から推定できる。
だが同じ語学クラスの野郎数名とサークルのチャラい連中が「事故により負傷・あるいは家庭の事情により自主退学」になっていると来ては、自己防衛本能に長けた俺としては近づくのに躊躇するのに十分な理由を備えている。
「で?」
「なんだ」
「蒼太<そうた>さんの怒りは本物なの?それはあなたの真剣な気持ち?」
へえ、こいつ俺の名前を憶えてるのか。という新鮮な驚きの後に募る不信感。
本物とか神経とか、いったい何の話だ。
俺はいったいいつこの女と何か建設的な未来につながる約束などしただろうか。
「本気を疑われる理由はないが」
別に自慢するわけではないが、学費を親に出してもらった身として俺は毎日の大学生活を真剣に送っている。
真剣に通学し、真剣に講義をうけ、真剣にレポートを書き、真剣に居場所を探して特殊なベンチという書斎を発見した。
真剣な大学生であることは人後におちない。
そもそも2年近く語学クラスが同じで、この女と俺がまともに会話したのは初めてなのである。
コミュニケーション障害、いわゆるコミュ障ではないな。他のクラス連中とは話している。
この女と親しく話していた連中が、怪我をしていなくなるだけなのだ。
その意味では、この女はコミュニケーション傷害、すなわちコミュ傷である、とはいえるかもしれない。
「なにか懐かない猫でも見るような目はやめて。怪我しても知らないわよ」
「こわっ」
間接的に言葉の力で人を傷つける系のヤンデレメンタルアタッカーではなく単なるバイオレンス系だった。
この女、細身に見えて格闘家<グラップラー>なのか?
「ハッキリしない愚図は嫌いなの。あなたは本気なのね?」
「…まあ、本気で真剣に大学生をやっていることは認めよう。それが?」
なにか?と言い募る前に女の細く形の良い指が額に当てられた。
女の指先は小さく、暖かく、そして爪が痛い。
「…爪切れよ」
憎まれ口が心なしか小さな声になったのは、ふわりといい匂いがしてきたからだ。
ヒマリのくせに。
俺の指に額を当てたまま、女は厳かに告げた。
「あなたの劣情を買うわ!まずは幹部でどうかしら!」
「いえ、お断りします」
おい、人聞きの悪い言い方をするな。
周囲の視線が痛いぞ。
とはいえ、これが後に奇行と実行力の高さで日本中を揺るがせることになる大幹部ヒマリと俺の出会い、ということになるのではあった。
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