その瞳は何を見ているか

「本当にこんなものが地面に埋まっていたなんて」


 レストの目の前にあるのは巨大な遺跡。神殿のような造りだが、横に広く部屋もたくさんあり、神殿以上の役割を果たしていることが伺えた。外見だけでも壁には見事な装飾が備え付けられている。特に目を引くのは屋根の上に複数体鎮座している、小さな悪魔のような彫刻だった。これこそが新規に発見された遺跡であり、今回の調査対象である。


「やはりマナの循環を狂わせているのはこの場所だな」

「なんかこの場所空気がごてごてしてるね?気分悪くなりそう」


 ライムとリリィもそれぞれの感想を言いながら遺跡を見上げている。

 昨日さくじつは『剣聖』──ルクスとの会話の後、そのまま王都の神殿の事務所に泊まらせてもらい、一夜明けてこの遺跡へと出発した。道中は山の中をひたすらに進むしかないので、ここにたどり着くまでも一苦労だ。レストは生まれも育ちもサザルカンなので多少は慣れているが、しかしそれ以上にひょいひょいとまるで舗装された道路をあるかのように進むルクスを見れば、流石としか言いようがない。

 ここに来るまでに数体かあの怪物たちと遭遇したが、『剣聖』の名は伊達ではなくその都度ルクスが鮮やかに討伐していったので、実質レストは何もせずただ見ているだけだった。

 遺跡、及びその周辺には沢山の探究者たちがキャンプを張っていた。それなりに数が多いので、ちょっとした村のようになっている。中でも一際大きなキャンプテントが『武器の名を冠する者たちウェポンズ・ウィル』の運営する簡易ギルドとなっているらしく、この場の探究者の統率や各国への連絡、そして情報の管理などを行っているそうだ。


「一応はこうして遺跡の入り口を見張っているんだけどね」


 ルクスがそう言いながらレスト達をギルドテントの中へと案内する。


「別の抜け穴があるのか、山の中に潜むあの怪物たちは一向に数を減らさない」


 怪物たちの討伐のため、手練れの探究者たちは山へと出払う。しかし山へ人手が出てしまえば、遺跡の調査もままならない。かといって怪物たちが使うその"抜け穴"を見つけようとしても、それを行うための十分な人員もいない。そんな負のスパイラルに陥ってしまっていたらしい。


「今回の勅令で各国から探究者が集まってくれるから、本当に助かるよ」


 心底そう思っているのだろう。ふぅ、とため息をつく顔には疲れの色をうかがえる。しかしすぐにその表情を消し、きりりと目を潜めてギルドキャンプの中心へと足を運び始めた。ルクスに連れ立ち、探究者への対応を行うカウンターを抜けて奥へと進むと長机テーブルが置かれていて、職員だろうか、難しい顔を浮かべた人たちが数人、その机を囲んでいる。ルクスが入ってきたのを認めると一瞬表情が和らぐが、またすぐに難しい顔に戻ってしまう。


「おかえりなさい、ルクスさん」


 職員の一人がルクスに声をかける。顎髭に白髪の混じる、初老の男だ。穏やかな目つきをしているがそれは今は歪んでしまっている。


「うん、ただいま。すまないね、任せてしまって」

「いえ、無事に戻られてなにより。と、いうことはその子が……」


 レストは視線が自分に向けられているのに気が付いた。おそらくルクスから伝え聞いていたのだろう。レストが誰だか既に分かっているようだった。


「そう、彼がレスト君だよ。そしてその仲間のリリィさんと、ライム君」

「よろしくお願いします」

「よろしくねー!」

「よろしくな!」


 それぞれに礼をしたり、手を振ったり、鼻を鳴らしたりして挨拶をする。


「ええ、よろしくお願いします。活躍を期待していますよ」


 男はそう言って口元に笑みを浮かべる。それから招くように手を振ってレスト達にテーブルを囲む輪に加わるように促した。

 テーブルには大きな紙が複数枚敷かれていて、その一つ一つには何かの図が書かれている。レストはすぐにそれが何かを理解した。


「これは、この山の地図ですね。この遺跡のキャンプを中心に描かれている」

「その通りです」


 しかしおそらく遺跡の内部の地図であろう紙には、ほとんど何も書かれていない。やはり全然調査が進んでいないのだ。

 職員の男はレスト達が見やすいように、地図を机の上に滑らせてこちら側に寄せてくれる。

 見れば、山の地図にはびっしりとバツ印が描かれていることが伺えた。


「これは、もしや!」


 自身も机の上によじ登って地図を見ていたライムがピンと閃いたかのように呟く。


「うむ。その通りだ」


 それに返答したのは別の職員だ。最初の職員よりもまだ若く、壮年の男だった。


「このバツ印一つ一つが、発見され、かつ討伐された怪物の場所だ」

「こんなにいっぱいいたの!」


 リリィが驚いたように声を上げた。


「『いた』、ならまだ良いのだけどね」


 壮年の職員は自虐的に笑うと再び地図へと視線を落として黙り込んでしまう。

 それがどういう意味かは、そこにいた誰もが理解できた。


「つまり、きりがないというわけなんですね」

「その通りだよ」


 ルクスが腕を組んで頷いた。目を閉じて思案しているような表情を浮かべている。


「今はまだ怪物の脅威を最低限にまで抑え込めているけれど……現状維持もいつまでも持たない。だから新たに集まってくれた探究者で早急に手を打つ必要があるんだ」

「理解できます」


 サザルカン王国へ向かう途中でレスト達が襲われたのも、あの怪物が山での討伐に当たってくれている探究者たちの網を漏れ出てしまったからなのだろう。いくら人員がいたところで山全体をカバーできるわけではない。加えて時間がかかればかかるほどこちらの戦力は疲弊していく。早めに手を打つに越したことはない。今ようやくそれができるようになったのだ。


「まず行うのは、遺跡近辺をくまなく探索するチームをいくつか作ることだ。湧いてでてくる怪物たちは遺跡の入り口からは発生していない。前も言ったように、どこかに彼らが出てくるための"穴"が存在すると思うんだ」


 ルクスは腕を組んだまま、しかし視線をレストに真っすぐに向け語りかける。


「レスト君たちにはこの探索に参加してもらいたい。それと、できたら俺っちとパーティを組んで欲しいんだけど、いいかな?」


 一緒にパーティを組もうというレストへの誘いはヒヨリに言われたというのも一因の一つでもあるのだが、ルクス自身もそうしたいという本心があった。オークキングを討伐した探究者がどのような戦いをするのか興味があったし、単純に探究者の先輩として、そして『剣聖』としての矜持として、剣の道行く若者を導かねばという使命感もあった。

 どちらにせよ、レストに断る理由もつもりもない。


「それはもちろん、喜んで」

「ふふ、ありがとう。あぁ、それと、もし他にパーティに連れていきたい人がいたらその人を誘ってくれても構わないよ。今回の未踏遺跡調査の依頼は世界全体にかけられているから、もしかしたら知り合いが来てるかもしれないね」


 そう言ってルクスは一度会話を切り上げる。


「そしたら、俺っちは探索チームの募集をかければならないから一度失礼するよ。レスト君もそれまで休むなり装備を整えるなりしっかり準備しておいておくれ」


 それじゃあ、とルクスはテントを出ていった。

 その姿を見送ってから、ライムが張り切った調子で口を開く。


「早速準備しようぜ、レスト!」

「そうだね、まずはこのキャンプを色々とみてみようか」

「さんせー!」


 職員たちにお礼を告げてからレスト達もギルドテントを後にした。


 一瞬太陽の光が差し込んで視界が白くなる。思わず目を閉じるがすぐに明るさに慣れて視界も戻ってくる。

 相変わらずキャンプには続々と人が集まってきていた。


「すごい人だね。これだけいれば心強いようにも思えるけど……」

「油断してるとすぐにやられちゃうよ?慢心せずに万全の支度を整えていかなくちゃね!」

「何かあったらまた俺が助けてやるから大丈夫だぜ、レスト!」

「ありがとう、ライム。でもリリィの言う通り確かに準備はしっかりとしなきゃ。とりあえず防具とかを良いものにしたいけど……ここにも防具屋さんとかってあるのかな?」


 きょろきょろを辺りを見回してみる。まずは歩きながらどんな施設があるのか確認して回るのが一番かもしれない。

 そう思った時だった。


「もしかしてレストさんですか!?」


 急に自分の名前を呼ばれて、レストは驚いて振り返る。


「あ、やっぱりレストさんだ!こんなところで会えるなんて!」


 目の前にいたのは、茶髪のショートカットがよく似合う、活発そうな笑顔を浮かべる女の子。にっこりと笑いながら、真っすぐにレストの目を見ている。レストはその顔には見覚えがあった。


「エリさん!?」


 そう、オークを討伐した遺跡で出会った探究者の女の子だ。その時と変わらず動き易そうな軽めの防具を付けていて、腰のベルトには短刀が幾本がぶら下がっている。もう完全に傷なども治っていて元気そうだ。よかったとレストは内心ほっとした。

 名前を呼ばれると、エリはくふふと嬉しそうに笑う。


「覚えててくれたんですね!」

「それはもちろん、忘れるわけがないけど……でもここで出会うってことはエリさんも遺跡調査に……?」

呼び捨てエリでいいですよ。そして、答えはイエスです。未踏遺跡調査。世界の謎に迫るかもしれないお仕事ですからね、受けないわけないですよ」


 そう言ってエリはえへんと手を腰に当てる。


「そっか。エリさんも参加してたんだね。知ってる顔がいて嬉しいよ」

「それは私もです……ってエリで良いって言ったじゃないですか!他人行儀なのはナシナシです!さんはつけないで呼んでくださいよー」


 唇を尖らせて迫ってくるエリにレストはあははと苦笑いをする。


「それならエリさ……エリも僕のこと呼び捨てにしてよ。あと丁寧語も無しで。じゃないと平等じゃないよ」

「よ、呼び捨て……レストさんを……」


 すると突然エリの勢いが止まる。下を向いてもじもじして、何かぶつぶつと呟いている。しばらくその状態が続いたので、レストは心配になって顔を覗く。


「エリ?」

「うひゃ、ひゃい!?」


 エリはびくりと身体を震わせて、声を荒げる。大丈夫だろうか。


「だからさ、名前。僕のも呼び捨てにしてよ」

「そ……それは、できません!」

「えぇ!?どうして!?」

「レ、レストさんは命の恩人です!恩があります!だから呼び捨てなんて絶対だめです。同じ理由で丁寧語もやめられません!」


 そんなことを心配していたのか、とレストは溜め息をつく。確かにレストは彼女を救ったが、彼女もまたその後自分を救ってくれた。だからエリが気負うことは何一つないのだ。


「僕は気にしないよ?」


 そういうとエリはまたうつむいてもじもじとしてしまう。あうあうとよく分からない言葉を発しながら汗を飛ばしている。


「私が……」

「ん?」

「私が気にするんです!」


 真っ赤になってエリはそう叫ぶ。何が彼女をそこまで意固地にしているのかは分からなかったが、とりあえず彼女にはどうしても曲げられない理由があるらしい。


「わ、わかったよ、それじゃあさ、呼び捨てがだめならクン付けならどうかな?『レスト君』。ね?」

「レスト君……」

「そうそう」


 レスト君、レスト君と、エリは言葉の感触を確かめるように何度も呟く。やがて短く頷くと、レストを見上げて言った。


「そ、そうですね……レスト君、となら、呼んでもいいかもです」

「本当に?よかったぁ」


 どうやらお気に召してくれたみたいだ。レストは安堵に胸を撫でおろす。その隣ではエリがレスト君、と誰にも聞こえないようにもう一度呟いてくふふと笑っていた。

 その光景を見ていたライムがリリィに尋ねる。


「なぁ、レストのやつってもしかしてスーパー鈍感マンなのか?」

「あら、今頃気が付いた?」


 当然と言わんばかりにリリィが答える。難儀だなあとライムが溜め息を漏らした。


「そういえばさ、エリは誰かとパーティを組んだりする予定はある?」

「あ、ううん。今のところないですよ。遺跡の周辺探索の事項を聞いたので、今からどこかに入れてもらおうかなと思ってはいましたけれど」

「本当に!それじゃあさ、もしよかったら僕と一緒にきてくれないかな」


 『剣聖』は誰かを誘っても良いと言っていた。ここで出会ったのも何かの縁だ。どうせならば知り合いであるエリを誘いたい。

 それに、エリは装備を見る限りでは素早さを重視して手数で敵と渡り合う戦闘を得意とするタイプだろう。もちろんきちんと話し合い、お互いの戦闘スタイルを確認しなければならないが、うまくハマればエリに敵を攪乱してもらい相手の注意を逸らしたところにレストが剣撃を加える、等といったコンビネーションが取れるかもしれない。そうなれば戦闘の幅も大きく広がる。是非とも仲間になってもらいたい。


「いいんですか!?私なんかでもよければ是非!」


 二つ返事だ。こんなにも早く了承してもらえるとは思ってもいなかったので、レストは少し驚く。


「そんなすぐ決めなくても、もっと考えてもいいんだよ?他にもたくさん探究者がいるから、エリが組みやすい相手と──」

「それでも、私レストさんが良いんです。せっかく誘ってくれたんですし。海の遺跡での恩返しもしたいですし。だから私を一緒に連れて行ってください」

「……そっか、分かった!仲間になってくれて嬉しいよ。よろしくね、エリ」

「はい!よろしくお願いします!」


 とりあえずエリは一緒に言ってくれることになったようだ。心強い、とレストは思う。あの怪物たちのような強敵に挑むのに仲間は多いに越したことはない。


「新しい仲間が加わったのか!めでたいことだな!」

「改めてよろしくね、エリちゃん!」


 ライムとリリィもそれぞれ挨拶をしながら近づいてくる。

 エリは慌てて「よろしくお願いしま──」と言いかけて、カチンといきなり固まって動かなくなってしまった。


「ありゃ、止まっちゃったぞ?」

「もしもーし、エリちゃん?」


 リリィがエリの顔の前で手をぶんぶんと振っても一向に反応しない。何かあったのだろうかとレストが声を掛けようとした時、エリはこれまた唐突に「かっ──」と短い声を上げた。


「か?」

「か?」

「か?」


 と三人の声が揃って首を傾げる。


「可愛いいいいいいいいいいいい!!」


 子犬が鳴くような高い声を出してエリが突然動き出す。そのまま勢いよく突進していって、衝突した相手は、ライムだ。


「え、ちょ!?わ!?」

「なにこの子!えぇ、なんの生物ですか!?めちゃくちゃ可愛いね!!」


 ライムを両手で抱き上げて、まるでぬいぐるみを扱うように頬をくっつけすりすりと擦っている。ライムは何が起こっているのか分からず、目を白黒させふがふがと鼻を鳴らすばかりだ。しかしその反応でさえもエリの琴線に触れるらしく、


「やーん!ふがふが言ってる!益々可愛い!」


 とライムを愛でる手は止まらない。


「ちょっとエリ!ストップストップ!」


 慌てて止めに行くが、しばらくの間その勢いは収まることを知らず、レストはエリを宥めるのに相当時間をかけることとなった。

 ようやくエリが落ちついたのはぶんぶんと揺すられ続けたライムが白目を剥いてあやうく魂と身体がサヨナラしかけた時分だった。



「ごめんね……」


 地面に転がって伸びているライム。それを介抱しながら、必死でエリが謝罪を述べている。


「いや……なに……俺は強いからな……へっちゃらだ……ガクリ」


 再びこてんと力を失うライム。ガクリ、と自分で口に出しているあたり、意外と余裕があるのかもしれないが、エリは再び慌てたように謝罪を述べ始める。


「ライム、エリちゃんも謝ってるくれたんだし、そろそろからかうのやめてあげたら?」

「む、それもそうだな」


 リリィが言うとライムがパチリと目を開いて元気に起き上がる。


「え、あれ……?」


 慌てすぎて若干涙目になっていたエリがぽかんと口を開けた。


「ごめんな!ちょっと大げさな演技だった!」


 そう言ってライムは快活な表情で笑った。それを見てエリは胸を撫でおろし、心底安心したように「良かった……」と呟いた。


「うっかり殺してしまったかと思いました!」

「それはそれで物騒だなぁ」

「わわ、ごめんなさい!」

「なぁに、気にするな!俺はライム、よろしくな!」


 そう言ってライムは短い前足を持ち上げてエリの前に差し出す。握手を、ということらしい。エリはそれ丁寧に両手でとる。


「エリと言います。ほんとにお騒がせしました。私可愛い物に目がなくて、自分を見失っちゃって」


 えへへ、と照れたように弁解する。


「俺自分のこと可愛いって言われたの初めてだぜ!」

「まぁ確かにライムを一目見て可愛いっていうのは中々ね」

「そうだなぁ。面白いとかならわかるけどなぁ」


 ライムが言って、リリィとレストが同意する。


「えー、そうですか?」


 確かにライムは可愛らしくはあるが、どちらかというと珍妙だ。エリは納得いかないようで、可愛いと思うけどなーと言いながら再びライムを撫で始める。

 当の本人も悪い気はしないようで、エリのさせるがままにさせているうえに「サンキュな!」等と言っているので、あれあれで意外と良いコンビなのかもしれない。


「さて、まぁ折角エリが仲間になってくれたし、それも踏まえながらしっかりと準備をしておこう」


 レストが号令をかけると、はーいと全員の返事が返ってきて、それぞれに立ち上がる。

 それから皆で連れ立って、遺跡周辺調査に向けて準備を進めていくのであった。





 キシャアアアと鋭い声。ガサガサと茂みが揺れて、何かが飛びだしてくる気配を感じた。


「レスト君、後ろ!」


 エリの声に弾かれて後ろを振り返り、飛び掛かってきた熊のような見た目をした怪物を剣で受け止める。ギリギリと剣と相手の鋭い鉤爪が擦れて不快な音を立てる。


「おらあああ」


 怪物の腹に蹴りを入れ、よろけている間に後ろに飛び退き一度距離をとる。


「私がひきつける!」


 パッとエリが飛び出し怪物の注意を弾く。連続で爪を振るう怪物の攻撃を巧みに避けながら、一瞬のスキを狙って短剣で反撃する身のこなしは軽く、まるで何かの曲芸を見ているかのようだった。

 レストは左手の指で剣の腹をなぞった。すると剣身に淡い光を放つ文字列が浮かび上がってきて、レストは腰を落とし剣を両手で持ち目の高さまで掲げる。

 顎を引き、剣を地面と水平にし、切っ先を相手に向けて、力を溜める。念を込める。みるみるうちに剣は紅く染まり、沸々とたぎるマグマのように熱く輝く。


「エリ!離れて!」


 レストの声に反応して、エリは怪物に最後の一撃を与えさっと身を身を引く。

 その瞬間に合わせて、レストは溜めた力を一気に解放した。


「うおおおおおおおらあああああああ!!」


 一点。突の攻撃。

 深い紅の波動が放出され、それは最早光線と呼ぶに相応しかった。


「『インシネレーター』ああああ」!!!


 レストが叫ぶ一瞬の後、光線は怪物を貫き穴を穿ち蒸発させる。大きな穴が怪物の身体にぽっかりと空いた。先ほどまで猛威を振るっていた巨体は力なく倒れ、辺りに静寂が訪れる。


「やったやった!レスト君!」


 肩で息をするレストにエリが駆け寄ってくる。

 上手くいった。コンビネーション。事前に決めていた段取りの通りに、協力して怪物を倒すことができた。


「うん、今のは見事だったな!」

「すごいすごい!この前まで勝てなかった相手に勝ててるよ!」


 ライムとリリィがそれぞれに賞賛を送ってくれる。

 レストは声を出す余裕がなくて、ニコリと笑って返事をした。

 先ほどレストが放ったのは、自身が習得した技の中で最も威力の高い技だ。ただしその反動により消耗も激しく、おまけに技を繰り出すまでに力を溜める時間を有する。棒立になって無防備を晒すことになるので、敵と自分の一対一の戦いならまず繰り出せない。オークとの戦闘の時にもこの技を出せなかったのもそれが理由だ。

 今はエリという仲間が加わってくれたおかげで、そちら方面の問題はクリアできるのだが、やはり一度打っただけで体力のほとんどを持って行かれてしまう。ここぞという時以外には使わないでおいた方が賢明だろう。いわば、必殺技だ。


「だけどその必殺技を……使わなければ……まだ怪物には勝てもしない……」

「ん、どうかした?」


 思わず考えが口に出ていた。心配そうな顔でのぞき込んでくるリリィに何でもないよと返す。呼吸も大分戻ってきた。


「強くならなくちゃと思ってね」

「そっか」


 それだけ言ってリリィは頷いた。


「レスト君、みんな、一度休憩にしよう」


 茂みの奥から現れながら、ルクスが言った。

 怪物を倒すことにいっぱいいっぱいのレスト達に代わって、辺りの安全を確保してくれていたのだ。


 山の中の一角少しだけ切り開き、休憩しやすいようにスペースを作る。腰を下ろそうと屈むと脚ががくがくと震える。その震えがどれ程山の中を歩きまわったかを証明していた。


「それにしても……めちゃくちゃ多くないですか、あの怪物」


 エリが疲れ切ったように呟く。この数時間だけでも5体は遭遇している。素早さを生かして敵を攪乱するのが得意なエリは、戦闘のたびに誰よりも動いている。おそらく体力の消耗も誰よりも激しいだろう。


「一体一体の強さが反則級だよね、ほんと」


 ちなみに戦闘に勝てたのは最後の一体──先ほどの怪物との戦闘のみだ。おしいところまで行きはするものの、最後のもう一押しにまで届かない。それというのも、怪物の驚異的な再生速度にあった。

 そう、怪物は再生する。

 原理はよくわからないが、傷をつけたそばからその傷がふさがり始める。まるで最初から攻撃なんて受けていなかったかのように元通りになるのだ。確実に倒すためにはその傷がふさがる前に連続して攻撃を当て続けるか、一度に怪物の耐久力を上回るほどの威力の攻撃をを叩きこむしかない。


「ルクスさんがいなかったらどうなっていたことか」


 そう言ってエリはルクスを見る。汗一つかいておらず、この休憩も自分たちのために設けてくれたのだと痛感する。彼一人だけなら、それこそ一日中動き続けていられるだろう。


「いやいや、それでお君たちはあきらめずに模索し続けた。だから最後に自分たちの力だけで怪物を倒すことができただろう?」


 それでもルクスは自分たちの頑張りを認め励ましてくれる。


「それは、そうですけど」


 初めは怪物に再生する暇を与えず攻撃を連続で仕掛ける、という作戦でいこうとしていたが、怪物の再生速度についていけずに失敗した。先にこちらの対体力が尽き恰好の的になってしまった。その度にルクスに助けてもらわなかったら、今頃自分たちはあの世にいたことだろう。

 そこで作戦を変えた。

 ルクスを見ていると、どの戦闘においても怪物を一撃で葬っている。少しづつ相手の体力を削るより一度で全てを粉砕できた方がこちらの体力も温存できて効率が良いということだ。それができるのはルクスの『剣聖』たる実力なのかもしれないが、ともかく自分たちにも何とかできないかと模索した。その結果が、レストの『インシネレーター』を使うコンビネーションだ。内容は至ってシンプル。レストの必殺技の準備が完了するまでエリが敵をひきつけておく。それだけだ。ただしレストの攻撃で敵を仕留めきれなかったら最悪の状況に陥る。技を放った後はレストも消耗して動けなくなるので、諸刃の剣だ。

 体力の温存法やデメリットについてはひとまず置いておくとしても、今回は晴れて怪物を倒すことはできた。


「できないことができるようになった。これはとても大きな成長だよ」


 屈託のない笑顔でルクスが言う。それだけでレストは気分が少し晴れやかになる。人当たりの良さこそが、このルクスという人物の最大の魅力だろう。


「ありがとうございます」


 エリも素直に礼を言う。初め彼女は『剣聖』がパーティメンバーだと知って大層驚いていたが、もうすっかり慣れたみたいだ。


「しかし、肝心の目的は全然みつからないですね」

「"穴か"……」


 レストが言うとルクスが腕を組んで悩ましげに瞼を閉じる。

 継ぎ接ぎの怪物が這い出てきているであろうはずの、穴。しかしどれだけ探索してもそれらしいものは見つからない。他の探索チームからも目覚ましい報告はなく、もう遺跡の周辺はすっかり調査して回ってしまっていた。


「拡大範囲を広げるか……しかし、穴が遺跡から遠く離れているとは思えないんだが……」

「ライムは何か視えないの?」


 レストがそう尋ねるとライムも申し訳なさそうに首を振る。


「発生源は間違いなく遺跡だがな、マナの乱れがもう山全体に広がっちまってる。何つーかあちこちにどす黒い塊があって、そこから発生する霧みたいなのが山を覆ってるって感じだな」

「そっか……」

「へぇ……ん?」


 するとリリィが突然首を傾げ始める。何か違和感を覚えたのか、仕切りに頭を動かし考え込んでいるようだ。


「ねぇライム。さっきのもっかい言ってみて。あちこちに何があるって?」

「えぇ?えっと、あちこちにどす黒い塊が──」

「それよ!!」


 ライムが言い終わる前にリリィが声を上げる。


「何か分かったの、リリィ!?」

「ええ。穴の正体見たりだわ」

「すごい!教えて教えて!」


 リリィが得意げに言うと、エリが歓声を上げる。ルクスも身を乗り出し一刻も早く聴きたい様子だ。


「あのね、マナの循環って基本的には一個人や一個体によって乱されることはほとんどないの」


 リリィはしゅぴっと指を立ててまるで教師が子供に教え諭すかのように話し出す。


「遺跡がものすごい魔力を秘めていて、それが魔力の循環を乱しているのは理解できるわ。それは今まさに実際に起こっている。だけど、そこから怪物が出てきたからと言って、怪物の通った道がそのまま足跡のようにマナの乱れになるかと言ったらそうじゃないの」


 真剣な表情で説明を続けるリリィ。それを聞く一同の表情も真剣そのものだ。


「それなのにマナの乱れは山全体に及んでいる。これはどう考えてもおかしいわね。とするならばマナを乱す何か別の要素が多数存在しているってことにならないかしら」

「それが穴だっていうのか?」


 ライムが問う。リリィは頷く。


「そうだけどそうじゃないわ」

「どういうこと?」

「だから、穴じゃないのよ」

「穴じゃない?だったら──」


 だったら何なんだいとルクスが言い切る前に、リリィが再び人差し指をピッと上げ制止する。


「だって穴だったら、単なる通路だわ。いくら遺跡に繋がってようがその穴自体はマナの乱れを引き起こす要因にはなりえない」


 じゃあ、とリリィは腕を組んで問う。


「マナの乱れを山全体に引き起こしている存在は何だと思う?」


 レストは考える。マナとは魔力。マナの乱れとは魔力の乱れ。魔力の流れを乱せるものは、また別の魔力。


「魔力のこもった別の遺跡とかが複数存在してるってこと!?」


 そこから魔物が湧いているなら筋は通る。遺跡を見張っていても数が減らないわけだ。


「しかしそのような新たな遺跡の発生など少しも報告されていない」

「あぁ、そうか……」


 ルクスが言って、レストが納得する。


「そうね、遺跡じゃないわ」


 リリィが答える。


「さっき、生物は一個体じゃマナの乱れを起こすには足りないって言ったわね」


 全員が頷く。


「でもそうする方法があるって言ったら、どう?」

「なんだって!どうすればそんなことができるんだ!?」

「簡単よ。一つじゃ足りないのだったら、同じ思想を持った生物が、一つの場所に凝縮されれば良いの。ぎゅっとね」


 そう言いながらリリィは両の掌を、握り飯でも作るかのように重ね合わせる。


「ということは……」


 レストは再び思案していた。魔力を乱すの魔力。生物には少なからず魔力が備わっている。それを凝縮するかのように一つ所に集めると、マナの循環を乱すに足りえる魔力になるということだ。それは、ともすれば世界を書き換える程の力になり得得るのではないだろうか。

 待てよ、そしたら。

 ライムが見た、とは。

 山全体に広がる流れの乱れの元凶とは……!


「まさか!!」


 リリィが頷く。


「"穴"の正体は、奴らの巣よ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る