第三二話

 ラッセルが帰ってから、二週間は経とうとしている。だが、ラッセルは店には姿を現さなかった。


ステラが

「ラッセル王子、どうしたんだろうね?」と言うと

「色々忙しいんだと思うの。ずいぶん城を空けてたから、それに噂では陛下が倒れられとか....」

「そうかもしれないね」いつものように、忙しくしてると、もう日が沈みかけている。店を閉める準備をする。


「さ、お嬢様、お手を触れませんように」と執事らしき人物が令嬢をエスコートしながら入ってくる。

ステラはその様子を見て

「ちょっと、あんたら、家の店に汚いもんなんて置いてないよ。冷やかしなら帰った。帰った」

その令嬢は

「まあ、なんて口が悪いの。こんな店の娘のどこが」

と言っている。ステラは

「この店の娘?あんたら、何者なんだい」

と二人をきっと睨む。


執事が

「申し遅れました。私セバスと申します。そしてこちらにおられるのが、ルシア様でございます」

ルシアが

「ドット公爵家のルシアです。こんな街のパン屋でも名前くらいはご存知でしょう?」

「なんでこう、貴族様達は、嫌なやつばかりなんだろうね」とステラがため息をつく。

「な、何です。あなた、失礼なっ」

ステラは

「ドットだか、グッドだか知らないけど、何を偉そうに。そんなに偉いんだったら、なんでこんな所来るんだよ。来なきゃいいだろっ」

ルシアがステラを鼻で笑うと

「私も、こんな汚い所来たくはありませんの。でもね....」ルシアはにやっと笑う。

「なんだい....」ステラは顔をしかめる。

「私、ラッセル王子と婚約致しましたの」

ルシアは、婚約候補に入っただけなのだが、さも自分が婚約者だと名乗る。


サラが店に入ってくる。ステラが

「サ、サラ、部屋に戻って、休憩しておいで」

「えっ、さっき休憩したばかりだよ?」

ルシアがサラを見る。

「まあ、あなたが、サラさんですの?」

「ええ、そうですが。どちら様でしょう?」

「私、ラッセル王子の婚約者のルシアと申します。どうぞお見知りおきを」とサラを見てニコリと微笑む。

サラの顔色が変わる。

「そうですか......」これ以上の言葉が出て来ない。


「それでは、セバス用も済んだので帰りますよ。あ~汚い、汚い」と言って店を出る。ステラは

「ロビン、塩撒いておくれっ!二度と来るんじゃないよっ」と怒りをあらわにする。


「サラ、きっと何かの間違いだよ。あんな性格の悪いやつを、ラッセル王子が婚約するわけがないだろ?」

「でも、凄くお綺麗だった....」

「バカだね。サラの方が何倍も綺麗さ。綺麗ってのはね、外見だけじゃ無いんだよ?」

「うん。分かってる」

「なら、いいんだ。だけどね、ラッセル王子は私との約束を破ったね....」

「何か理由があるんだと思うの。私名ばかりなの伯爵だから」

「あ~、なんて貴族ってのは面倒なんたろうね。公爵だとか、伯爵だとかなんて関係無いだろ」

「皆がお母さんみたいだったらいいのに」とサラが淋しそうに微笑む。


「サラ、また何があるか分からないからね。今はヒューがいるわけじゃないからね。私の弟が、港街で、定食屋をやってるんだよ。少しの間そこに行って見ないかい?気分転換にもなるだろう。それに、ラッセル王子は約束を破ったんだ。お灸をすえないとね」

ステラがウインクをする。


「港街か、行った事ないかも。それと、私はラッセルの邪魔はしたくないの。もし本当に彼女がラッセルと結婚するのが、ふさわしいなら、それでもいいの。ラッセルが幸せならそれでいいわ....」


ステラはサラを抱きしめる。

「私は、サラにも幸せになって貰いたいんだよ。それがラッセル王子じゃなくてもね」

「うん、大丈夫だよ。お母さんありがとう」

「サラいつから行くかい?」

「じゃあ、明日から行こうかな。店手伝えなくてごめんね」

「いいんだよ。気にする事ない。向こうでのんびりしておいで。トーマスには伝えておくからね」


サラは、二階の部屋へ戻り、ベッドに腰かける。

「やっぱり、私なんかじゃ、ラッセルの立場も悪くなるよね。でも少し淋しいな....」

サラは荷物をまとめると、メモに、ありがとう。と書いて机の上に置く。


そして、まだ少し早いが、ベッドに横になり目を閉じるとそのまま眠りについた。


朝になりサラは目を覚ます。朝から港街に向かう為、荷物を持って店へ降りる。

「お母さん、おはよう」

「おはよう。サラ。ロビンに送ってもらうからね。向こうはいい所だよ。なんてたって海があるからね。食べ物も美味しいんだよ」

「楽しみだな。私、海って行った事が無いの」

「ちょうど良かったよ。気持ちも落ち着いたら戻っておいで。私も様子見に行くから」

「うん。なるべく早く戻って来るから」

「ああ、待ってるよ」と言うとステラはサラを抱きしめる。

「お母さん、行ってきます」

「気を付けて行くんだよ」ステラは、サラを見送ると、

「ラッセル王子、何やってるんだよ....」と呟いたのだった。

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