2 ヨツアシキイロビナ
さて、フードコートではもろもろの種類のおやつの屋台が出ていた。
エスちゃんは朝ヨーグルトしか食べていないとダイエット志向を表明したはずなのに、タピオカ抹茶オレとクリームたっぷりのクレープを発注した。エヌくんもタピオカミルクティーをこわごわ注文した。タピるのは初めてらしい。
「もっと勢いよく吸わないと」エスちゃんはそう言う。エヌくんは、
「だってこれ喉に詰まりそうで」とびくびくしながらタピオカミルクティーを飲んでいる。
――フードコートは鳥類エリアの近くで、鳥のさえずる声が聞こえる。さっきからいかつい一眼レフを構えてピンクハシビロコウの写真を撮っているおじさんがいるが、いったいこのまるで動かないピンクハシビロコウばっかり何枚撮る気なんだろうとエスちゃんは思った。それにピンクハシビロコウってなんとなくヤバい薬を決めて見えるやつみたいだ。
クレープをむしゃむしゃやって、タピオカ抹茶オレをぽぽぽんと飲んで、エスちゃんは容器をくずかごに突っ込んだ。エヌくんはまだタピオカミルクティーを飲んでいる。
「ほら早く飲んでよ。次行こうよ。いっそ飲みながらでもいいよ」
「いやそういうわけにはいかんよ。歩きながら飲み食いしちゃいけないって親に言われなかったか」
「……エヌくんってそういうとこ、日本男児だよね……」
とにかくタピオカミルクティーを飲み終え、容器を捨てて歩き出す。
鳥類エリアに入ると、騒々しい鳴き声があちらこちらから聞こえる。まさしくジャングルだ。
「あ、これ可愛い」
エスちゃんは「ヨツアシキイロビナ」という生き物の前で止まった。
ヨツアシキイロビナは、まるでヒヨコかなんかのような黄色い羽毛でおおわれた鳥である。脚が四本ある。それとは別に翼のようなものも見える。
「ねえエヌくん、これ合計すると六本足だけど昆虫の仲間?」エスちゃんのトンチンカンな質問にエヌくんは笑うと、
「翼に見えるのはダミーだ。れっきとした鳥類だよ」と答えた。
「でも翼は偽物で脚が四本ってことは哺乳類なんじゃないの?」
「いやいや。ここは妄想動物園だ、なんだっているんだよ」
ヨツアシキイロビナは、地面を黄色い嘴でつんつくつんつくしている。やっぱり動作は鳥だ。かわいいので思わず、
「これってヒナ?」と、エスちゃんはエヌくんに訊ねた。
「れっきとした成体だよ。ヨツアシキイロビナは大人になってもヒナのころの特徴を残す。幼形成熟というやつだ。ウーパールーパーみたいなものだね」
「でもこんなに黄色いと森の中で目立ってすぐ食べられちゃうんじゃないの?」
「いいことを聞いてくれた。そこは長年の謎だったんだ」
しまった、エヌくんのすごく面倒な話が始まっちゃうぞ。エスちゃんは身構える。
「そもそもヨツアシキイロビナは、ンボン共和国というアフリカの小国のジャングル、ンボンクオマヤ国立公園に生息する鳥だ」
出たぞ、またどこにあるのか分からない架空の国。ここにもある脳内スライドのボタンを押す。頭の中に、ものすごい密林が広がった。そこで、ヨツアシキイロビナのオスが求愛行動をしている。二本足で立ってボックスステップを踏んでいる。なんつう求愛行動だ。
「なんでこんな派手な色でジャングルにおいて飛べない鳥が生きてこれたのかはずっとずっと謎だったんだ。フウチョウだとかケツァールだとかは飛べるわけだし、飛べないヨツアシキイロビナが安全に過ごす方法は誰も知らなかった」
「でもカカポは? あれも飛べない鳥だけどきれいな緑だよ」
「カカポの場合もともとの生態系に捕食者がいないんだよ。だから人間が犬猫を持ち込んで絶滅に瀕しているわけだ」
「はあ」
「でもヨツアシキイロビナの場合、アフリカにいるわけだからどっかしらから捕食者がくる。果たしてどうやって捕食者から逃れているのか、分かったのはつい最近、この妄想動物園が作られてからだ」
動物園ってそういう研究もするのかあ。しみじみとエスちゃんは呟いた。
「動物園はお客さんに動物を見せるだけじゃなくて生態の研究とか種の保存を担ってるんだ。それはともかく……ヨツアシキイロビナは、上から見ると『見えない』んだ」
「……は?」エスちゃんの喧嘩腰の返事に、エヌくんはちょっと気圧された顔をして、
「文字通り、上から見ると見えないんだよ。いままで野生で目撃されたのはだいたい斜め上からで、写真は横から。上から見ると見えないことに、だれも気付かなかったんだ」と答える。
「はあ……」とてもそうは見えないなあ、とエスちゃんは思った。
「ンボンクオマヤ国立公園の範囲に住んでる先住民族、クオ族のひとたちのことわざに『見えない鳥は横から見れば見える』というのがある。それがヨツアシキイロビナだ。昔はただのことわざだと思われていたけど、実は本当の話だった、ってわけだ」
「クオ族の人たちは、ヨツアシキイロビナをなんて呼んでるの? 完全に日本語の名前だと思うんだけど」
「『鳥』だそうだ。クオ族の人にとっては鳥はぜんぶ『鳥』とか『小さい鳥』とか『大きい鳥』だし、虫は『跳ねる虫』はバッタ、『硬い虫』はカブトムシ、『飛ぶ虫』はチョウ、みたいなとてつもなくざっくりした呼び方をするらしい。ちなみに七つより大きい数はぜんぶ『たくさん』だ」
なんでそんなこと知ってるのエヌくん……と、エスちゃんは思った。
エヌくんはヨツアシキイロビナの檻の横の階段を指さした。
「それでちょっと檻の上に登って上から見てみようか」
「えっ、いいの?」そう思ってよく見ると階段には「ご自由に上からご覧ください」とある。
二人は階段を上り、一番上から檻を覗き込んだ。
――ほんとだ。いない!
「どうやって姿を消してるの? 理屈がわかんない。魔法とかそういうのはナシで」
「ヨツアシキイロビナの成体の羽は何層にもなっていて、どんな色でもすぐ羽の重ね方を変えるだけで出せるんだよ。だからひな鳥のうちは上から見ても見えるんだけど」
「へえー……おもしろーい」
階段を降りてまた横から見ると、そこにはちゃんとヨツアシキイロビナがいた。
「ええー、すごいこれ。でも横から見ると見えるってあんまり見えなくしてる意味なくない?」
「確かに。敵は上から来るとは限らないからな……でも生息地にいる主な外敵は大型の猛禽だそうだから、ナンボかはマシになるんじゃないか?」
「ホントに『ナンボかマシ』のレベルだよね……もっと徹底すればいいのに」
「ヨツアシキイロビナは『最低限で済ます』っていう戦略を取ったということだな」
エヌくんはそう語る。確かに全身カモフラにしてしまえば敵には狙われない。しかし、それは体のエネルギーを猛烈に使うことだ。主な敵だけを想定してエネルギー消費を避けたのは、まさに省エネ戦略である。
「でも横から見る人間には狙われるよね」
「その通り。こいつ、モツまで見事においしいらしいぞ。ただ背中の羽がすごすぎてむしるのが死ぬほど大変だとかじゃないとか」
「……生きてる鳥、それもニワトリとか七面鳥じゃないのを見て『おいしいらしい』って言う人初めて見た」エスちゃんはため息をついた。
「ほら、動画で観られるぞ、ヨツアシキイロビナの焼き鳥……皮がパリパリでおいしいらしい」
「だからそういうのどうして観せるかな? こっちは可愛いーって見てるのに!」
「しかもレッグが四本もあるぞ!」
「だーかーら! なんでそんな動画観せてくるわけ? いいから! 次行こ次!」
そう言ってエスちゃんはエヌくんの袖口を引っ張った。エヌくんは一瞬よろめいてから追いかけてきた。
ヨツアシキイロビナの檻の前を通って、エスちゃんはパンフレットを開いた。
「あ、十時四十五分からふれあい農場オープンだって。行ってみよ」エスちゃんは腕時計を見る。十時半。いまから移動すればふれあい農場まですぐだ。
「あのさエス、もっと計画的に回らないと一日じゃ終わらないぞ?」
「だって妄想のなかの一日は無限の長さなんでしょ?」
「いやまあそうですが」エヌくんは引きつり笑いを浮かべた。
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