妄想動物園
金澤流都
1 ショウガツウオ
ここは動物園。それも、妄想のなかに生息する奇っ怪な動物ばかり集めた、奇妙な動物園だ。
その開園前のゲートのところに、エヌくんとエスちゃんの二人はいた。
「楽しみだね、動物園!」と、エスちゃんは声を弾ませる。二人は初めてのデートの場所に、この「妄想動物園」を選んだのであった。二人ともまだ初々しい高校生である。
「お、おう。エスはどんな動物が好きなんだ? 俺、生物部でよく来るからさ」
「なんかふわふわでもふもふのやつ! エヌくんは動物園が好きなんだよね、なにかお勧めの動物はいる? やっぱりパンダ?」
「俺のイチオシは『ショウガツウオ』だ」エヌくんはにっと笑った。エスちゃんはよく分からない顔をしている。ショウガツウオ。もう正月や、アジア各国の旧正月も終わったというのに、なにが正月なのか。エヌくんのドヤ顔とエスちゃんのモニョり顔は、開園の時間を迎えた動物園に吸い込まれていった。
「ショウガツウオってなに? お魚?」
「すごく貴重な『霊長魚類』だ。要するにすごく賢いんだ」
二人は動物園の入り口でパンフレット兼地図をもらい、魚類エリアのほうに歩いていく。この妄想動物園は、とても広い敷地に魚類エリアと称して水族館、植物エリアとして植物園が建っている。妄想の中の土地は無限なため、土地代はゼロ円なので、こういうアホみたいに広い動物園が建てられるのである。
魚類エリア、つまり水族館の建物が見えてきた。
入ると、中は薄暗く、とても静かだ。
端的に言って、デートにピッタリな場所だ。
「霊長魚類は主に中東からアジアにかけての川に生息していて、ショウガツウオもしかりだ」
「へえー。これ?」エスちゃんは水槽を指さす。エヌくんは慌てて、
「指をさしちゃだめだ。こいつらプライドがめちゃめちゃ高いからな」と、エスちゃんに言った。
さて、目の前にはショウガツウオの水槽があり、ガラスを隔てた向こう側にはエイとアリゲーターガーを合体したみたいな大きな魚が群れで悠々と泳いでいる。
「えーと……ショウガツウオは、中東にあるテケテケスタン国のテケテケ川に生息する……テケテケスタンってどこ?」
「妄想動物だからそんなの存在しないよ。とにかく現実世界にはいない魚だってことだ」
「えっでもここで泳いでるじゃん」
「そりゃあここは妄想動物園なんだから妄想の中なんだよ。忘れてた?」
「うぐぅ……忘れてないもん。妄想の中了解。それで……テケテケ川上流にある水の澄んだ清流にのみ生息する、霊長魚類でも特に大型の魚である……」
「このボタン押すと脳内スライドで生息地の画像が見れるぞ」
そう言ってエヌくんはボタンをぽちっと押す。二人の脳内に、枯草の中を流れる清流が映し出された。
撮影されたのは冬のようで、さむざむとした枯草の中の清流は見るからに冷たそうだ。次の画像は水中カメラの写真で、ショウガツウオたちが狩りをしている。狩りをしている様子はいたって普通の魚に見えるのだが、エヌくんはこれを「まさに魚鱗の陣」と説明した。
その次の画像は、なにやらネズミのような生き物も映っている。
「エヌくん、このネズミなに?」
「これはショウガツネズミ。ショウガツウオとは片利共生の関係だ。ショウガツウオが狩りをして出た魚や鳥のアラを食べる」
そこで脳内スライドは終わっていた。エヌくんはスマホを取り出し、ユーチューブを開いた。そして「おどろきの習性 ショウガツウオ」という動画を再生した。
「ショウガツウオは古参のオスが群れのリーダーとなります」と、テケテケスタン語の音声に日本語の字幕が表示される。古参のオスがリーダーとなるのはゴリラと一緒だ。まさに霊長魚類なのだな、とエスちゃんは思った。
次に映し出されたのは、ショウガツウオたちが陸にあがってびちびちしている動画だった。エスちゃんは思わず悲鳴を上げた。
「わっ。川から陸にあがっちゃった。死んじゃうよ」
「こいつらは肺魚だから簡単には死なないよ。ほら、見てて」
スマホ画面のなかのショウガツウオたちは、陸地の芋畑を荒らし始めた。それも、ジャガイモやサツマイモでなくとろろイモのような、見たことのないイモだ。
「このイモはなに?」
「なんでもカユイモって言うらしい。テケテケスタンではお正月にお粥にして食べるそうだ」
カユイモ。なんか「かゆうま」みたいだ。エスちゃんはそう思った。
ショウガツウオたちはイモをこれでもかと略奪すると、それを川っぺりに火を起こして煮始めた。魚の分際で火を使うというのは驚きであるが、鍋にぽいぽいイモを投げ込んでいる。
ユーチューブのテロップに、「ショウガツウオは正月になると芋畑を略奪し、一族で粥にして食べます」と表示された。相変わらずなにを喋っているのかさっぱり分からないテケテケスタン語が流れている。
「ありゃりゃ、ここで動画終わりだ。食べてるとこを見たかった」
「ふだんは魚や鳥を食べてるのに、お正月だけお粥を食べるの?」
「そういうことだな」
「どうやって火をつけるの?」
「そりゃチャッカマンでかちっと。テケテケスタンはガスが普及してないそうで、いまだにどこの一般家庭でもかまどで料理したりマキで風呂を沸かしたりするそうだ」
「へえ……こいつらのヒレでそんなことできるんだ」
「ある意味人間とあんまり変わらない文明を持ってるってことだな。あと、こいつらは美しい鳥の羽を集める習性がある。あんなふうに」
エヌくんは水槽を覗き込んだ。水槽のなかは石を積み上げた家のようになっていて、その奥には恐らく鳥類エリアで飼育員が拾ってきたらしい色とりどりの鳥の羽が飾られている。
「わっホントだ。こいつらすごいんだね」エスちゃんは素直にそう言った。エヌくんは、
「なんせ霊長魚類だからな。人間とそう変わらない知性がある。悲しいかな喋れないし筆談もできないし手話もできないから意思の疎通ができないのが残念だ」
二人でしばらく、そのショウガツウオの水槽を見た。意外と色がきれいだ。エスちゃんは最初、ショウガツウオの色はサンドベージュだと思っていたが、背中はきらきらと青い鱗が光っている。
「この魚は別名『ラショーモン』とも呼ばれている。『鼻』で『芋粥』だからな」
「芥川龍之介かあ……」文芸部のエスちゃんはしみじみそう呟いた。最近イチオシのライトノベルに、文豪の名のついたカニが登場することをふと思い出したのだ。
魚類エリアに放送が響いた。
「これよりショウガツウオのエサやりタイムです!」
おっ、とエヌくんは手をポンと打つ。
「こりゃーすごいぞ、楽しみだ」
飼育員が水槽の奥の陸地に現れ、カユイモではなく自然薯をどんと置いた。日本ではカユイモの入手は困難なのだ、とエヌくんは言った。それにしたってエサ代かかるなあ、とエスちゃんは思った。
ショウガツウオの家族は陸地にあがると、隅に置かれていた鍋を取り、本当にチャッカマンで火を起こして芋粥を煮始めた。その様子をしみじみと見る。煮えた芋粥を、小さな個体が悶絶しながら食べている。熱かったらしい。一回り大きな個体が、芋粥を冷まして食べさせる。
ショウガツウオが芋粥を食べる様子をしみじみ見ていると、人間の家族のようだ、とエスちゃんは思った。この魚、ハフハフハヒハヒしながら家族団らんのときを過ごしている。
「……見てたらなんかお腹すいてきちゃった」と、エスちゃん。
「じゃあフードコートで腹ごしらえといくか? でもまだ開園から三十分も経ってないぜ」
「とりあえずおやつでいいよ。今朝ヨーグルトしか食べてないの」
「女子の胃袋は謎だ……」
ふたりは戻ってくる予定で、いったん魚類エリアを出た。
「えーとフードコート……鳥類エリアの横か。行ってみよう」
二人は無駄にだだっ広い動物園のなかを歩き始めた。デート……にしては、エヌくんがマニアックな生き物を推してくるのが気になるエスちゃんであった。
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