第5話

……最悪だ。キレて飛び出すなんて、まるで子供だ。


 一息ついて、ぼくは少し冷静さを取り戻した。

 ――このままじゃいけない。シラカワに謝ろう。

 こんな別れ方をして、そのまま会わずに死ぬのは、あまりにも心残りがありすぎる、と言うものだろう。


 ぼくは、のろのろと校舎へ引き返した。


 教室を覗いてみると、電気を点けたままで、シラカワの姿はなくなっていた。ぼくはあせった。


 ――彼女はどこへ行ったのだろう?


 脳裏を、色々と嫌なイメージが巡った。


 死を前にして、思い切ってぼくに告白をし、手ひどい拒絶をされたも同然だった。

 この世の終末を待つのに耐えきれず、ひとり先に、死を選ぼうとしたりしていないだろうか?

 いくら結果が同じ死であれ、それは止めないといけない事のような気がした。


 ぼくは教室を飛び出し、あちこちを探し回った。

 シラカワは何部だっけ? それも知らなかった。


 思いつく場所を見て回ったけど、彼女は見つからなかった。

 疲れ果てた気分で、校舎の裏の、花壇の傍のベンチに座った。

 常夜灯の明かりも直接ここには射さず、薄暗く陰気な場所だけれど、昼間はそこまででもなく、普段、ここはぼくの気に入りの場所なのだ。

 夜露を含んで湿った板の感触が、尻に不快だったが、暫くはここにいたいと思った。


 考えがまとまらない。


 ナミカ。シラカワ。二人の女の子の面影が、浮かんでは、消える。


 なぜ、こんなに必死にシラカワを捜したんだろう?

 どうせぼくも彼女も同じ死の運命から逃れられないのに。

 彼女を傷つけてしまった事も、もうすぐぼくら二人ごと、この世から消えてしまう。とても、取るに足りない事だ。だから、もうさっきの事は忘れてしまえばいい。


 そんな風に考えてみようともしたが、無論、そんなに簡単に意識の切り替えはできなかった。シラカワに対する罪悪感が、小さな針となって、ちくちくと胸を刺す。

 彼女があんな事を言わなければ、こんな気分にならなかったのに、と苛立ち、そんな事を思う自分に対し、また苛立った。


 ぼくは、どうするべきだったのだろう?


―――


 両の手に顔を埋めていると、何か気配がした。


 顔を上げると、シラカワが息を切らせながら、傍に立っていた。


「よかった……あちこち捜したけど見つからなくて……。もう一回考えてみたら、タカハシくん、ここかなと思ったんだ。ここ、よくいるよね」


 拘りない口調でシラカワはそう言った。


 彼女の方でぼくを捜しているとは想像してなくて、ぼくはちょっと返答に詰まる。


「……なんでぼくを捜してたの?」


 自分が必死で彼女を捜していた事は棚に上げて、尋ねてみた。


「ごめんね、って言おうと思って。余計な事言っちゃったから。あっ、告った事じゃなくって、そのあとの事ね」

「……」


 彼女の声は少し上ずっていて、目はまだ赤く潤んでいたが、機嫌をうかがうようなところはなかった。


「あのまんま、二度と会えないなんていやだったから」

「ああ……」

「ごめんね」


 もう一度、シラカワは言った。座っているぼくを見下ろしながらなので、少しおかしな具合だった。


「ごめんも何も……」


 ぼくは口の中でもごもご呟く。


「こっちこそ、ごめん。図星だったんで、おとなげなかった」

「わたしたち、おとなじゃないじゃん」


 シラカワは小さく笑った。そうかもしれない。そして、ぼくらがおとなになる可能性は、もうない。


「……座る?」


 ぼくは少し左に寄った。


「となり、いいの?」

「ちょっと湿っぽいけど」


 シラカワはすとんと腰を下ろした。


「あ~あ」


 突然、彼女は少し大きな声を出した。


「なに?」

「ううん。タカハシくんのとなりに座れて……これで、明日も生きてるんだったらサイコーだったのになあ、って思ったの」

「……おまえ、よく落ち着いてそんな事言えるね」


 ぼくは、半分呆れ、半分感心して言った。


「女の子って、みんなそんなに強いわけ?」

「ええ~強くないよお」


 微笑を浮かべてシラカワは応える。


 さっきまでの激しい感情は波がひいたように消えて、ぼくも普段の表情を浮かべられる。心が麻痺してしまったのだろうか、と我ながら訝しく思った。


「みんな、何してるんだろうね」

「家族か、恋人といるんじゃないの」

「でなきゃ、ひとりかもね」


 ぼくらのように、親しくもなかった同士でこうして話している、という人間は稀かもしれない、と思った。


「わたしは、ひとりじゃなくてよかったなあ」


 シラカワは、しみじみと言う。


「タカハシくんは?」

「ああ、まあ、そうね」

「クールだね~」

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