十二、降誕日
いよいよやってきた降誕日当日の朝。夜に降り積もった雪が家々の屋根と街路樹、石畳の路地を白く染め上げ、空は雲が晴れて快晴となり、冠雪した街を明るく照らす。
賢者の館の二階一室で、クルトは朝一番に目覚めた。
クルト「う~ん……ん?」
ベッドから上半身を起こして大きく背伸びとあくびをして、起き上がろうとしたその時。枕元に、綺麗なラッピングを施された小包のようなものが置かれていることに気付いた。
クルト「これって、もしかして……」
クルトは寝ぼけ眼を両手でこすり、期待に目を丸くしてその小包を手に取り、丁寧にラッピングを剥がしてみた。
クルト「あっ、この本……!」
そこで、クルトの期待は確信に変わった。その中身は、クルトが予々欲しいと思っていた、分厚く立派な植物図鑑であった。
クルト「どるじぃ? アイシャ姉? それとも、ニコライさん……?」
欲しがっていたことは誰にも話していない。知って用意することができるとすれば、それはまさに――
クルト「ニコライさん――ミクラーシュおじいさん、ありがとです……!」
クルトは包みから取り出した本を両手で胸元にぎゅっと抱えて、窓辺に立って空を見上げた。
場面は変わって、こちらはカテナの起床。
カテナ「ん……ふぁ……ぅがッ……?」
夜更かししたカテナだが、眠りが浅くなったタイミングで無人島で嗅いだようなどこか懐かしい匂いを嗅ぎ取り、目を開ける。
仰向けで目覚めたカテナが肩の方へ首を回すと、ローテーブルがすっぽり収まってしまうほどの大きなラッピングされた箱が置かれていた。
カテナ「くん……くん……。がうっ、このにおい……!」
カテナは飛び起きると、せっかくの素敵な包装紙を自慢の爪でバリバリと引き裂き、自らを祝福する紙吹雪へと変貌させた。
現れた木箱の蓋を開けると、そこには綺麗な薄ピンク色の柔らかそうなツヤツヤぷるぷるの生肉の塊が窮屈そうに敷き詰められていた。
カテナ「がぅわあぁあっ!! なにコレすごいッ!!」
言うが早いか、我慢できずに早速手近な部分に両手を伸ばし、生肉をそれぞれ爪で引き裂いて手の平サイズに変えると、そのまま右手の生肉を勢い良く口へと放り込む。
カテナ「~~~~ッッ!!」
腰を抜かしたかのようにペタンと座り込めば、それは文字通り通称ぺたん座りと呼ばれる型。両手を頬に添え、カテナは声にならない声を上げていた。
カテナ「これってニコライじーちゃん……ミクラーシュじーちゃんが? でもあれはユメだし、なんでいまになってあらわれたんだっ……? ユメでアイシャがいってたとーりなら、はじめてオイラがニコライじーちゃんにおねがいしたから……? だとしたらなんか、ユメのなかのハナシがホントになること、おおいきがする……」
まさか予知夢能力に目覚めたのかなどとおめでたい勘違いをする中、ふと自分の願いを思い返した。
カテナ「……そっか、やっぱりこっちがかなっちゃったんだ。やっぱりこのさきのこじいんはミクラーシュのチカラはなくて、クラウスやノエルたちのチカラでシアワセをつづかせていくことになるんだ……っていやいや、だーかーらぁ! ユメがホントになるんなら、ミクラーシュにとってもこじいんはかぞくのいえになるんだから、なんかあったらほーっておかないよね! ってことは、オイラのおねがい、りょーほーかなったってことじゃんっ! やったぁ!!」
寝顔だったり驚いたりトロけたり不思議そうになったり沈んだり憤ったり喜んだり。ものの数分で様々な表情を誰へともなく披露したカテナ。最後には左手の生肉を口に放り込み、再びトロけた表情になって、忙しい起床を締めくくった。
パンドラは寝室から廊下に出て、大きなあくびをしながら歩きだした。
あくびで出た涙を人差し指で軽く拭くと、前方にある二つの寝室の扉が同時に開いた。
一つ前の扉からネグリジェ姿でニコニコ笑顔のクルトが、もう一つ先の扉からボサボサ頭でトロけた笑顔のカテナが出てきた。
パンドラ「あら、おはようクルトちゃん、カテナくん……おやおやぁ? なにか良いことでもあったのかいお二人さん♪」
二人の笑顔を見て、パンドラも自然に笑顔になった。
クルト「うん! ニコライさんからプレゼントにご本もらったの!」
クルトはニコニコ笑顔で本を見せた。
カテナ「やっぱりニコライじーちゃんなんだね! オイラには、すんごいおいしーにくくれた! いっぱいあるから、みんなにもたべてほしーぞ! こーんなにでっかいの!」
カテナは背伸びをして両腕を高く上げ、まるで体操をするかのように、伸ばしたままの腕を肩の真横を経由しながら太腿の側面へとスライドさせ、大きな円を表した。
パンドラの後から、ドルジとアイシャが一階のダイニングに降りてきた。
ドルジ「
アイシャ「おはようございます。実はクルトとカテナに……」
二人は示し合わせたように、二つのかわいらしい小箱を取り出し、クルトとカテナに差し出した。
アイシャ「はい、ささやかながら、私たちからのプレゼントよ」
クルト「ん? なんだろ……」
クルトがアイシャから手渡された小箱を開けると、赤い実を付けたひいらぎを象った七宝焼の髪飾りが入っていた。
ドルジ「チョイスはアイシャに付き合ってもらったのじゃ」
クルト「わぁ、かわいい……ありがと、アイシャ姉、どるじぃ♪」
クルトは笑顔で早速髪飾りを側頭部に付け、
クルト「あのね、これたぶんニコライさんからのプレゼント!」
と、先程の本を見せた。
ドルジ「ほっほ。本物のニコライさんには敵わぬのう」
まいったな、という感じで耳の後ろを搔くドルジに、クルトは、
クルト「ううん、どるじぃもアイシャ姉も、本物以上の“ニコライさん”だよ!」
と満面の笑顔で言った。
一方ドルジから手渡されたカテナの方は、ヤクの骨で牙を象ったペンダントだった。
ドルジ「カワチェン遠征の折に手に入れたものなのじゃが、アイシャに頼んで紐とビーズを付けてペンダントに加工してもらったのじゃ」
アイシャ「カワチェンの伝統的なお守りらしいわ。似合うといいのだけど……」
普段は装飾品などを付ける習慣も関心もないカテナであるため、アイシャは少し不安そうに反応を窺った。
カテナ「へー! おまもりかぁ! えっと……このヒモのわっかにくびをいれればいーの?」
ドルジから受け取ったペンダントを暫く不思議そうに見つめた後、ペンダントの紐をふわりと自らの首にかけた。
カテナ「ど、どーかな……?」
ドルジやアイシャにだけでなく、パンドラやクルトにも見えやすいように何度か向き直りながら、カテナ自身も少し不安げに返答を待った。
アイシャ「ええ、とっても似合っているわ」
クルト「ん♪」
パンドラ「ワイルドな感じで男前じゃないか♪」
アイシャとクルトはふわりと微笑んで答え、パンドラは少しいたずらっぽい笑みを浮かべて肘でカテナの肩を軽くつついた。
ドルジ「うむうむ。カテナの人生の旅路に幸いがあるように、差し当たっては今日の劇が大成功するように……
ドルジも満足げに微笑んで、カテナに向かって差し出した手に印を結び、祈りの言葉を唱えた。
カテナ「えへへっ、みんながゆーならまちがいないよね! ありがとう! コレだいじにするね! はやくうごくとき、すっぽぬけないよーにきをつけないとっ!」
カテナは冗談交じりに笑い、胸の前で揺れるペンダントを両手で優しく包み込んだ。
賢者の館で、フランツ氏とアネシュカ夫人特製のパンとスクランブルエッグ、カプチーノの朝食を摂り、冒険者達はニコライ養育園に向かった。
クラウス「Frohe Weihnachten! 皆さん、おはようございます。さて、いよいよ本番ですね!」
ノエル「最っ高~の舞台にしようね!」
クラウスとノエルがやる気一杯で迎える。
クラウス「そうそう、市庁から慰謝料として小切手が届きましたよ。冒険者の皆さんに金貨50枚分、我々ニコライ養育園に金貨50枚分、合わせて金貨100枚分です!」
クラウスはドヤ顔を決めて、小切手二枚を封筒から取り出し、一枚をドルジに渡した。
ドルジ「そうかそうか。これで目標二つ目達成じゃな」
アイシャ「しかし、建物修繕と文化財指定という、巨額の費用と難しい行政手続の要る目標は、まだこれからの勝負ですね……」
ドルジ「勝って兜の緒を締めよ、じゃな」
満足げなドルジと、より一層気合を入れて言うアイシャ。
クラウス「今日の舞台では、市庁職員の方々や、大勢の市民の方々が来てくださるでしょう。それで大きなプロモーション効果が期待できます!」
出会った頃の気弱な姿勢はもう無く、クラウスは希望に満ちて言った。
クルト「そのためにも、今日は最っ高~の舞台にしようね、ノエルちゃん!」
ノエル「うん! ノエルがんばる!!」
胸元に挙げた両手の拳をぐっと握りしめて言うクルトと、それを真似して力強く相槌を打つノエル。
カテナ「がう! やるぞーっ!」
カテナも生肉パワー?でやる気一杯だ。
冒険者達とニコライ養育園の一同は、持ち物の準備を整えると、勇んで市庁に向かった。
課長「皆様ご機嫌よう、本日は何卒宜しくお願い申し上げます! ささ、こちらへ……」
市庁の玄関では、直立不動で待機していた福祉課課長が右腕を前に垂れて深くお辞儀をして出迎え、一同を議事堂に案内した。武器の類いも、今度は守衛に没収されることはなかった。
ノエル「わぁぁ、広いね~……ね、カテナくん! あっ、カテナくんやパンドラさんたちは、もっとも~っと大きな舞台で劇やったことあるんだっけ!」
ノエルは、舞台として使う議事堂の壇上に立ち、目を丸くして感嘆の声を上げた。
パンドラ「ふふ、緊張するかい?」
ノエル「う、うん……リハーサルもまだなのに、胸がドキドキしてきたよ……!」
慣れた孤児院の小さな舞台と違って、見るのも初めての議事堂の大舞台で、ノエルは緊張を禁じ得なかった。
ノエル「ね~ね~パンドラお姉さん、緊張しないで舞台に立てるコツってあるかなぁ?」
ノエルはパンドラの顔を見上げて、すがるように訊ねた。
パンドラ「緊張しないコツは成功体験を積むこと! と言いたいけど、ノエルちゃんは舞台経験が少ないからねぇ……あ、そうだ!」
思い出したかのように鞄から袋を取り出す。
パンドラ「ホークからの差し入れよ。
カテナ「がう? ホークきたの? あ、パンドラがいったのか。いろいろおわったらこのまちの1ばんおいしーおみせでごはんたべさせてくれるってホークがいったやくそく、オイラわすれてないかんね! こんどはみんなでホークのところいこーね!」
パンドラ「えっ、あ、そうそう。昨夜ちょっと用事があってホークの店に行ったのさ」
カテナの一言に少し焦った口調で話すパンドラ。
パンドラ「今日も来てくれるはずよ。終わったらホークのおごりで何を食べたいか考えておいてね。さぁて、クルトちゃんお茶の準備手伝ってちょうだいな」
クルト「ん! ハーブのことなら任せて! リラックス効果なら、カモミールやリンデンもいいよ!」
クルトは
クルト「課長さん、お湯使える場所ってありますか?」
と課長に訊ねた。
課長「えっ、どうでしょう……ここから一番近い給湯所は……ミュラー君、頼めるかね?」
女性職員「はい、こちらでございます」
課長に同行していた福祉課の女性職員が、最寄りの給湯所に案内してくれた。
ホークからの差し入れの
ノエル「いただきま~す! んくっ……ふわぁ、やさしい香りで、なんかほっとするね~!」
議事堂の脇の談話室で、皆でハーブティーとシュトーレンの卓を囲む。お茶の効果と和やかな雰囲気に、ノエルの緊張も和らいだようだ。
カテナ「ねーねー、きょーのあさ、ノエルやこじいんのみんなのところにプレゼントっておいてあった?」
ノエル「あったよ~! リサ姉や他のみんなも! でね、ノエルはね、ノエルはね……」
カテナの問いに、ノエルは笑顔で答え、
ノエル「これもらったの! ほら、きれいでしょ~♪」
と、ラピスラズリのように碧いベルベットの生地に、白い百合の花を象った螺鈿の飾りの付いたヴェールを、鞄から取り出して被って見せた。
ノエル「ノエルね、“本物のマリアさまみたいになりたいです”ってお願いしたの。そしたらね、これをもらったの。今日はね、これを着けて舞台に立つの♪ ねっ、本物のマリアさまみたいでしょ!」
紺碧色と白百合といえば、まさに聖母マリアの象徴だ。ノエルは心底得意げな笑顔で、その場でくるりと一回りして決めポーズを取った。
カテナ「へー! すごいねノエル! じゃあこじいんでやったときよりも、もっとキレーになるねっ!」
ヴェールを被ったノエルを見て、カテナも素直に喜んだ。
ノエル「えっへへ~♪ ノエルきれい? きれい?」
ノエルは少し照れて頬を赤くしつつ、ドヤ顔を保ってずいっとカテナに顔を近づけた。
カテナ「がぅっ!? ノ、ノエルっ? ちかいちかいッ、どーしたの!?」
カテナは慌てて上半身を退け反らせて両掌を胸の前に置き、既に僅かながらとなった間合を必死に保とうとした。
ノエル「ノエルも、大きくなったらパンドラお姉さんみたいなきれいなレディーになれるかなぁ?」
ノエルは次にパンドラのほうを向いて、上目遣いで見上げて言った。
パンドラ「ふふ、私の次にきれいなレディーになれるさ♪」
パンドラは腰を曲げてノエルの頭を撫でながら、笑顔で答えた。
ノエル「えへへ~♪ ノエル、パンドラお姉さんを目指してびぼーをみがくねっ!」
ノエルは頭を撫でられて、嬉しそうにニッコリ笑って言った。
昼過ぎには、ゼバストゥス率いるアンスバッハ楽団も、ミサが終わってすぐ議事堂に入って、全員でリハーサルを開始した。
ゼバス「素晴らしい! この調子なら名舞台間違いなしです」
アンナ「皆さん、ほんとによく頑張りましたね♪」
リハーサルの出来は上々だった。見守っていた市庁職員からも拍手が上がる。
ドルジ「人事は尽くした、あとは天命を待つばかりじゃな」
リハーサル後は速やかに楽屋として使う談話室に引っ込み、静かに開演を待った。
パンドラ「ふぅ(大丈夫、手の調子は悪くないわね)」
リハーサル後、パンドラは大きく息を吐いて談話室の椅子に腰を下ろした。
開演一時間前の16時には開場となり、堰を切ったように観客が次々と入ってくる。
クルト「シュルツェさんとシャウマンさんもいる……」
緞帳が無いので、談話室の扉をわずかに開いて会場をちらりと覗き見るクルト。シュルツェとシャウマンは、少しおどおどしつつも、フロックコートで身なりを整え、妻らしき女性と両親らしき老人を連れて、議員席、もとい観客席に座っている。
クルト「今度は来てくれたんだ……よかったね、カテナ♪」
クルトは後ろに並んで立っているカテナにも覗き見を勧めて、微笑んで囁いた。
カテナ「!」
クルトの知らせを聞くと、カテナは軽く眼を見開いて口を噤んだ。クルトと場所を替わり、カテナもその眼で視認する。
カテナ「ホントだ……。あのときずっとおちこんでたし、オイラも どなっちゃったりしたから、やっぱりきまずくなって、くるのやめちゃうかもっておもったりもしたけど……」
カテナの表情が ふっ と柔らかく崩れる。
カテナ「ちかくにいるのはかぞくかな……? ちゃんといっしょにきてくれたんだね、よかった……」
と、そこまで言って、ハッと我に返ったかのように勢いをつけて振り返り、
カテナ「ゔっ、よかったってゆーのはオイラじゃなくて、クラウスやノエルたちのことね!? オイラとしては、べつにあんなヤツらのことどーでもいーし! あのふたり、オイラきらいだしッ!!」
と勝手にわたわたと弁明を話し始めた。
クルト「ん、わかってるよ♪」
クルトはカテナのその様子を見てくすりと笑い、
クルト「カテナはノエルちゃんのそばにいてあげて、緊張してるみたいだから」
と促した。
カテナ「ななななんだよクルトそのカオわぁッ……って、がぅ? ノエルが?」
クルトの発言と被るように叫んだカテナが辛うじてクルトの話した内容を聞き取ると、ノエルの方へと眼を運ばせる。
ノエルは談話室で、聖母マリアの衣装に身を包んで、胸元でロザリオを両手でぎゅっと握って、不安そうな表情で立っていた。
ノエル「あっ、カテナくん! お客さんいっぱい来てる? えへへ、うれしいなぁ……」
努めて作っているのであろう笑顔と言葉とは裏腹に、ノエルは見るからに緊張した様子で、握った手が小刻みに震えていた。
カテナは寄り添うようにノエルの隣に立つと、その震える手を見て、んー……と何かを思い出すかのように目線を上に向ける。
そして……目を瞑り、おもむろに口を開いた。
カテナ「――おそれることはありません」
そのままふわりと微笑むと、ゆっくりと眼を開け、
カテナ「あなたはみごもって、おとこのこをうむでしょう――」
と言うと、ノエルの瞳を見つめて、次なる言葉を待った。
ノエル「!」
ノエルもまた、何かを思い出したようにはっとして目を丸くし、続いて胸元で握った手はそのままに、掌と肩の力を抜き、穏やかな表情になって、すうっと息を吸ってから、おもむろに言葉を紡いだ。
ノエル「――お言葉どおり、この身に成りますように!」
それを見て、カテナは嬉しそうに笑った。
カテナ「しゅがおっしゃったことはかならずじつげんするとしんじたかたは、なんとさいわいでしょう?」
ノエル「♪
条件反射的に小声で歌いだすノエル。その表情から、全身から、緊張の色が解け、穏やかな、そして自信に満ちた表情になってゆく。
ノエル「――カテナくん、ありがとっ! ノエルいける気がする!」
歌い終えて、ノエルは右手のみ胸元で握って、小声ながら力強く宣言した。
カテナ「へへっ、ノエルきんちょーしてたね! それでもながれはちゃんとあたまにのこってるみたいだね! じゃあこのやくがいう、つづきのセリフもおぼえてるかなー?」
ここでカテナは一呼吸おいて、劇には役として出てこない、とある少女を演じた。
カテナ「ユメにママがでてきて、ニコライさんがでてきて……。だからね、ノエルしんじることにしたの!」
多少声のトーンを上げただけの、似ても似つかない大根役者。
途中で言い終え、最後の部分を託し、カテナが時折見せる“にひひっ”とした意地悪そうな顔をノエルに向けた。
ノエルはしばし黙ってカテナの目を見つめたのち、あっ、と思い出したように目を丸くして、おもむろに口を開いて呟いた。
ノエル「――“ぜったい大丈夫だ!”ってね――」
カテナ「あたりっ、ぜったいだいじょーぶ!!」
カテナは笑顔で力強く頷いた。
カテナ「こじいんのときもさ、すっごくすっごくきんちょーしてたけど、だいせーこーだったね! じぶんをしんじてみて、ノエル! それがむずかしーなら、オイラがノエルをしんじてやる!」
孤児院の本番直前でノエルに伝えた言葉を、カテナは改めてノエルに送った。
信じること。信頼されること。
少し前までカテナも不安に押しつぶされそうになっていたが、仲間に励まされ、助けられた。自分がそうされたように、今度は自分がノエルの助けになりたいとカテナは思っていた。
カテナ「たよりないかもだけど、オイラもついてるからさ。げきのときもとなりにいることがおおいから、どーしてもってときはオイラのて、にぎってみて。そばにいるってこと、かんじてみて。そしたらあんしんできるかもしれないからっ」
ノエル「……うんっ! カテナくんが付いてるから、ぜったい大丈夫だよねっ!!」
今度は力強く、確信に満ちた表情で、ノエルは宣言した。
会場はほぼ満席となり、観客の入りが落ち着いた頃、杖をついた男がゆっくりと入ってきた。
クルト「あ、ホークさんも来た!」
杖を椅子の横にかけて、ホークは会場の一番後ろの席に座った。
と、それに続いて、会場の後ろの方から小さなざわめきが起こり、後方部の観客の視点が背後の一点に集まった。
クルト「!! もしかして……」
目の良いクルトは、人々の注目の的に遠距離ながら気付いた。フロックコートにシルクハットを被った老紳士が、威風堂々と入ってきて、ホークの近く、一番後ろの席に向かって歩みを進める。後方の人々はそれを振り返って見て、さざなみのようなざわめきが波及してゆく。
クルト「アイシャ姉、あのひとって……!」
クルトは駆け足でアイシャを呼んできて、戸口の隙間から覗かせた。
アイシャ「えっ?――あぁ、どう見てもプラーガ市知事ね」
クルト「やっぱり……! 新聞の写真でしか見たことなかったけど……」
クルトはアイシャの胸元に押し重なって観客席を覗き、目を丸くした。
アイシャ「他のみんなには言わないでおきましょ。変にプレッシャーになってはいけないから」
クルト「ん、分かった!」
と二人が言った直後に、“まもなく開演”を告げる鐘の音が鳴り、会場は照明が落とされ、数秒間の咳払いののち、水を打ったように静まり返った。いよいよ開幕である。
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