六、学芸会の晩

 学芸会は盛況のうちに無事終わり、ゼバストゥス率いるアンスバッハ楽団は引き上げていった。

クラウス「アンスバッハ先生、今日は本当にありがとうございました! 素晴らしい劇でした」

ゼバス「お力添えできて何よりです。私たちも、とても楽しく演奏させていただきました」

アンナ「カテナくん、パンドラさんたち、お疲れさまでした! お先に失礼します。また気が向かれましたら、いつでも教会にいらしてくださいね!」

カテナ「がぅ! アンナありがと! いっしょにげきができてたのしかった! またこんどいっしょにあそぼーね!」

 ばいばーいっ!と、大きく手を振ってアンナ達を見送った。

アンナ「はいっ、また遊びましょうね!」

 アンナも笑顔で手を大きく振って帰っていった。

パンドラ「ありがとよ」

 ゼバストゥスに笑顔を向けたあと、パンドラは楽屋から出て、外の風にあたり空を眺めた。

パンドラ「気のせいだったかしら……あの時、私の名前を呼ぶ声がした」

 ひゅうと冷たい風が吹く。

 パンドラが髪をかきあげると、目の前に杖をついた男が立っていた。

男「懐かしい香りと歌声に誘われて来てみれば、まさかお前に出会えるとはな」

パンドラ「あ、あぁ、まさか……ほんとうに、あなたなの?……ホーク!!」

ホーク「久しぶりだなパンドラ。炎の竜姫の実力は健在のようで安心した」

パンドラ「ホーク!!」

 パンドラは大粒の涙を流しながらホークに抱きつく。

パンドラ「生きているって信じていたよ!」

ホーク「お前は相変わらず無理をしすぎているな。しかし良い仲間に巡り会えたようで安心した」

パンドラ「あんたほど無理なんかしてないさ。その左足、私を守って失ったんじゃないか」

ホーク「かすり傷みたいなものだ。気にするな」

パンドラ「まったく」

 涙をぬぐい笑顔を見せるパンドラ。

パンドラ「そうだ! 仲間たちを紹介するよ! きておくれホーク!」

 楽屋に戻り、パンドラはドルジたちにホークのことを紹介した。

ホーク「ホークといいます。パンドラと同じ孤児院出身で、元旅芸人一座の団長を務めておりました。皆様のヴァルトベルクでの活躍を聞き、一年ほど前にこの街に来てから、陶芸家として生活を始め今に至ります。パンドラは見ての通り無茶ばかりする性格ですので、皆様に迷惑をかけていると思います。パンドラの兄としてお礼をさせていただきたい。本当にありがとうございます」

 パンドラは恥ずかしそうに頭をかいた。

ホーク「そして先ほどの劇、実に感動しました。パンドラの実力は私が一番理解しているつもりでしたが、皆様と力を合わせることにより、パンドラは私が思っている以上の才能を開花させたようです。改めて感謝します」

 ホークはドルジたちに深々と頭を下げた

ドルジ「ホーク殿ですか。こちらこそ、パンドラ殿には大変お世話になっておる。感謝しますぞ」

 ドルジはホークと名乗る男に会釈し、握手を交わした。

カテナ「がうっ!? パンドラのあんなかお、はじめてみたっ! 」

 いつもと違うパンドラの表情や仕草に、カテナは驚きを隠せなかった。

カテナ「パンドラがあんなふーになっちゃうなんて……。いい……ヤツなんだな? しんじるからね!?」

ドルジ「ところで、わしらはこの後孤児院の皆々と共に晩餐の予定なのじゃが、ホーク殿もご一緒にいかがですかな?」

ホーク「よろしいのですか? 感謝します。私の体は見ての通り、もう音楽を奏でるほどの力を宿していません。しかしながらドルジ殿や皆様の音楽に触れ、私の心は数年ぶりに震え高鳴りました。ぜひ皆様の活躍やパンドラとの道中の思い出を聞かせていただきたい!」

 ホークはドルジと握手をしたまま頭を下げた。


 孤児院の子供たちと冒険者一同は、和気藹々と晩餐の席に着いた。

クラウス「みなさん、お疲れさまです。本当にありがとうございました!」

ノエル「えっへへ~♪ うまくできてよかった! カテナくん、みんな、ありがと~!」

カテナ「げき、せーこーしてよかったよね! がんばってれんしゅーしてきてよかったぁ。これで、このこじいんのことしってくれるひとがいーっぱいふえたらいーね!」

ノエル「そだねっ! みんなに応援してもらったら、きっと孤児院もうまくいくよね!」

 ノエルも希望に満ちた表情で言った。

パンドラ「フランシスやリート(元旅芸人一座の仲間)にはまだ出会えてないんだ」

ホーク「そうか、無理をさせてしまいすまんな。おれは今後もこの街に住んでいく予定だ。何かあればいつでも連絡をくれ。賢者の館で待ち合わせよう。あそこのコーヒーは絶品だ」

パンドラ「ふふふ、ホークは昔からお酒が苦手だからね。コーヒーで乾杯としましょ」

 笑顔の二人はワイングラスとコーヒーカップを軽く触れさせ乾杯した。

クルト「夜になったね……なんにも起きなかったのが、ちょっと不気味なくらい……」

アイシャ「そうね……」

 クルトは少し警戒した様子で、隣の席のアイシャに小声で言った。

 ホークはドルジたちからこれまでの旅の経緯やパンドラの活躍を聞いた。

パンドラ「もうよしとくれよ! 恥ずかしいじゃないか」

 お酒に少し酔い顔を赤らめているパンドラの頬がさらに赤くなる

ホーク「なるほど、パンドラが皆様のお役に立てたようで光栄です。それにパンドラ」

 パンドラの方を見るホーク。

ホーク「仲間のためにたくさん傷付いたようだな。お前のような仲間(音楽家として)、友、家族を持つことができて、おれは誇りに思うぞ」

 無言で顔を隠すパンドラ。

ホーク「ドルジ殿、カテナ君、クルトさん、アイシャさん。私からもお礼がしたい。この一件が落ち着いたら、この街一番のお店でご馳走をさせていただきたい」

パンドラ「ふふ、みんな、遠慮しても無駄だよ。こうなったらホークはテコでも動かない頑固っぷりだからね。素直にご馳走になるしかないわよ♪」

 パンドラはワイングラスを片手に、皆に笑顔を見せた。

ホーク「それでは皆さん、私は一足先に帰らせていただきます。何かあれば賢者の館、または私の住所を訪ねてください。お力になれることがあればご協力させていただきます。パンドラ、皆のことを頼んだぞ。それでは失礼」

 ホークはドルジたちに一礼をすると、家路についた。

アイシャ「いいのですか? 追わなくても?」

パンドラ「あぁ、信じた仲間が皆を頼むと言ったのさ。言われた方は黙って信じて従う、それが私たち旅芸人一座のルールだからね」

アイシャ「ふふ、パンドラさんって意外に不器用ですね」

パンドラ「こら! 大人をからかうんじゃないよ!」

 パンドラはアイシャの肩を組みお互いに笑いあった。

ドルジ「ホーク殿、またお会いしましょうぞ」

クラウス「この孤児院にも、またいつでもいらしてください」

 クラウスは玄関先までホークを見送った。そして食卓に戻ろうとしたその時。

郵便配達員「こんばんは。ニコライ養護園さんですね。内容証明郵便です」

 ちょうどホークと入れ違いで、郵便配達員がやってきた。

クラウス「はい、間違いありません。夜分ご苦労様です」

 郵便配達員は、大きめの封筒を渡して去っていった。

クラウス「内容証明とはまた……」

 クラウスは訝りつつ、食卓に戻ってきた。

ノエル「郵便さん? どこから?」

クラウス「市庁福祉課から、“重要通知”と書いてあるね……」

 クラウスは訝りつつ封筒を開け、中から書類を取り出して読んだ。

クラウス「そ、そんな……」

 そして、読み進めるにつれて顔色が青ざめ、手が震えてきた。

ノエル「パパ? どうしたの?」

 クラウスの異変に気づいて、はしゃいでいた寮生たちも食指を止め、深刻そうにクラウスを見つめた。

 クラウスは書類に目を通し終わると、うつむいたまま、力のない声で告げた。

クラウス「──今年度一杯で……ここニコライ養護園は……閉園決定、とのことです……」

 「ええっ!?」と寮生たちが叫ぶが早くか、卓上の花瓶が突如パリーンと割れ、大きな振り子時計の針がぐるぐると狂い回りだし、時ならぬ時報がボーン、ボーンと鳴り響いた。

カテナ「なっ……なんでっ!? こんなにみんながんばってるのにッ!! りゆーは、りゆーはかいてないのッ!?」

 クラウスのズボンを摑み、力強く握り上げる。見上げるカテナの瞳は、怒りと悔しさで潤んでいた。

クラウス「建物老朽化、寮生の減少、福祉予算の削減……などとあります。三月末日限りで給付金を止めると……。市の給付がなく一般の寄附金だけでは、到底やっていけません……」

 クラウスも悔しげに手紙を持つ手を握りしめ、わなわなとその手を震わせた。

ノエル「うそ……でしょ……」

 ノエルはスプーンを持って食卓に着いたまま、目に涙を湛えつつ茫然自失としていたが、

ノエル「そんなの……やだ~~っ!!」

と叫ぶと、スプーンを皿に叩き置き、涙をこぼして走りだして、食堂を駆け出ていった。

カテナ「ノエル!!」

 カテナはノエルを追いかけ、ノエルと同じように、その軌跡に涙を振り撒いて行った。

パンドラ「ノエルちゃん!! カテナくん!!」

 パンドラは咄嗟に二人の方に手を向けるが、二人は食堂から飛び出していった。

パンドラ「くそっ! どうしたらいいんだい!」

 ドカッ!と勢いよくパンドラは椅子に腰をかけた。

 ノエルは自分の部屋に駆け込むと、バタンと扉を閉めて、内鍵をかけた。

 すすり泣く声が、かすかに廊下に聞こえる。

 追いかけていたカテナも続いてノエルの部屋に入ろうとドアノブを回すが、鍵が掛かっていて扉が開かなかった。

カテナ「ノエル! あけて! ノエル!」

 ドアノブをガチャガチャ回し、扉をドンドンと叩くカテナ。

ノエル「えぐっ……っく……カテナくん、ごめんね……しばらく、一人にさせて……」

 すすり泣きながら、やっと紡ぎ出したような、か細い声が聞こえた。

カテナ「ノエ…ル……がぅっ…あゔぅっ……!」

 強く握りしめた両手を扉に押しつけたまま、ズルズルと泣き崩れ落ちた。


 食堂では、遣り場のない沈黙が続いていた。

リサ「……ごちそうさまでした」

 一人の少女が席を立って食器を片付け始めると、一人また一人と、黙ってそれに続いた。

 カテナの泣き声を聞いて、拳を強く握りしめるパンドラ。

パンドラ「もう手はないのかい!? ドルジ爺! クラウスさん! 諦めるしかないのかい!? 子供たちのあんな姿を見せられて黙っちゃいられないよ!」

 パンドラはドルジの肩を摑みながら、悲しげな表情を浮かべた。

クラウス「残念ながら、もう恐らく手は……」

ドルジ「無くはないぞ。もし本当に市庁の連中が嫌がらせに怪奇事件を起こしておるとしたら、それを曝き告発したならば、或いは……」

 落胆するクラウス。そして、白く長い眉毛に隠れて見えざる瞳に言い知れぬ力を宿して呟くドルジ。


 しばしの後。パンドラたちがカテナの様子を見に来ると、カテナは泣き疲れたのであろう、膝抱え座りになって、背中をノエルの部屋のドアに寄りかからせながら眠っていた。

 パンドラはカテナの頬をつたう涙の跡を拭き、優しく毛布をかけた。

パンドラ「皆の思いは無駄にはしないよ! ぜったいに救ってみせる。怪奇事件も曝いてやるさ。そうだろクラウスさん」

 パンドラは力強い眼差しでドルジとクラウスを見つめた。

ドルジ「そうじゃの。何としてでも怪奇現象を曝き、孤児院の存立を勝ち取ろうぞ」

 ドルジも力強く言うと、

ドルジ「カテナは泣き疲れて眠ってしまったようじゃの。昨夜も緊張で熟睡できなかったじゃろうし……」

 カテナの小さい体をそっと抱き上げ、クラウスに声をかけた。

ドルジ「済まぬが今夜はわしらも泊まらせていただけますかな? 怪奇現象を見張るためにも」

クラウス「ええ、もちろん。ありがとうございます。カテナくんとクルトちゃんはノエルの寝室で……」

トントン

クラウス「ノエル、入るよ? もう寝てしまったかい?」

 クラウスは話しながら部屋の鍵を開け、寝室に入った。が……

クラウス「ノエル? どこに隠れているんだい、ノエル?」

 部屋の中を隅々まで見渡し、ノエルを探す……が、ノエルの姿はどこにも無かった。

ドルジ「どうなされたかね?」

クラウス「そ、それが……ノエルの姿が見当たらないのです!」

 クラウスは狼狽しつつ、すがるような目でドルジを見た。

ドルジ「内鍵をかけて入ったのじゃろう? ならば、窓から外へ出たか、あるいは……」

クラウス「窓にも全て内鍵がかかっています……!」

 ノエルが突っ伏して泣いていたのであろうベッドのしわがある他は、もぬけの殻になっている寝室。大きな姿見鏡のみが、暗闇の静寂の中で輝いていた。

パンドラ「そんな……なんの気配、音も感じなかったわ」

 ノエルの部屋の壁を拳で軽く叩いて、反響で部屋の中をチェックするパンドラ。

 そう、何の気配もしなかった──その時までは。

ドルジ「む……!?」

カサッ

 かすかな物音。しかし、ドルジとアイシャには、言い知れぬ気配が伝わってきた。

アイシャ「いけない……!」

ドルジ「下がるのじゃ!」

 アイシャとドルジが、ほぼ同時に警鐘を鳴らす。

 と、部屋の床に無造作に倒れていた三体の人形が、独りでに立ち上がり……

クルト「魔法の人形!?」

人形「カタカタ……クワッ……!!」

 一閃跳躍してパンドラたちに襲いかかってきた。

パンドラ「なっ!」

 目の前に飛んできた人形を、上半身を横にひねってかわした。

パンドラ「やれやれ。子供の頃、人形が欲しくても高くて買ってもらえなかったからね。壊すのには気がひけるわ」

 パンドラは落ち着いた様子で腰の剣を抜いた。

カテナ「!!」

 殺気を感じパチっと眼を開け、勢い良く体を起こしてその場から飛び退こうと足で蹴るが、ドルジに抱き抱えられたままの足裏は、あえなく空を切る。

カテナ「わっ!? だっ! ゔあっ!?」

 バランスを崩して落ちそうになり、とっさにドルジの首に手を回してしがみついた。

カテナ「えっ、なっ、じーちゃん!? あれっ、ノエルのへやあいて……ノエルは!? ってにんぎょーがーーッ!?」

 自分の状況やら周りの状況やらが一度に整理できず、ドルジの首元でがうがう鳴き喚いている。

ドルジ「それがの、カテナが寝ておる間に、ノエル嬢の姿が忽然と消え……」

クルト「代わりに、この動くお人形さんが現れたの……」

 前方への警戒を怠らぬまま、ドルジとクルトは状況を説明した。

人形「ギギ……カエレ……サモナクバ……死!!」

 幼児の身の丈ほどもある人形は、こちらを見据えて威嚇の姿勢をあらわにしている。

パンドラ「ほら、かかっておいで。可愛がってあげるわよ♪」

 パンドラは殺意をあらわにする人形に、笑顔で投げキスを送り挑発した。

人形「ギィ!」

 挑発に乗るように、パンドラに向かって一体の人形が跳び掛かる。パンドラは交わすように素早く人形の背後に回り込んだ。

パンドラ「Gonna fly now!(飛んでいくわよ)」

 パンドラは血管が浮き出るほどに固めた左拳を人形の頭に振りおろすと、ドカン!という轟音とともに、人形は床にめり込むように倒れた。

パンドラ「あら? 優しくなでてあげるつもりだったのに、力加減を間違えたかしらね」

 固めた左拳を開いて腰に手を添えて、倒れた人形を覗き込んだ。

カテナ「こっ…こわぁ……。もうパンドラだけでいーんじゃないかな……」

 カテナは顔をドルジの耳元へ引き寄せ、ぼそっと言った。

パンドラ「こら、カテナ君。聞こえているわよ。私の耳をごまかしたかったら口パクにしなさい♪」

 剣を肩に構えて笑みをこぼしながらカテナを見た。

カテナ「うへぇっ! じょっ、じょーだんだよじょーだん!」

 あせあせしながら苦笑いをパンドラへ返した。

クラウス「す、凄い……!」

ドルジ「さすがパンドラ殿、腕前にはさらに磨きがかかっておるのう」

 目を見張るクラウスに続き、ドルジも感嘆の声を挙げつつ、

ドルジ「人形は恐れを知らぬ、魔法により動きを賦与されたゴーレムのようなものじゃとするとの。理性に従った降伏はないじゃろうが、命もない。やってしまってもよろしいですかな? クラウス殿」

とクラウスに訊ねた。

クラウス「あ、はい。この人形は中古品と云いますか、ほぼ廃棄物でして……市庁を通じて寄贈されたものの、子供たちは不気味がって誰も欲しがらなかった代物ですので。どうぞ心置きなく」

とクラウスは答えた。

ドルジ「だそうじゃ」

 ドルジは抱き抱えていたカテナをそっと床に降ろすと、親指を立てて微笑んだ。

カテナ「がぅ! わかった!」

 カテナも親指を立て、その拳をコツンとドルジの手に当てた。

 瞬間。

 今度こそ地面を蹴ったカテナの脚は、人形の一体との距離を瞬時に詰め、慣性力も拳に乗せて力の限り殴り飛ばした。

 人形は五体を四散させながら前方に大きく吹っ飛び、

ガシャーーン!!

 月光によって煌く窓ガラスの破片と共に、人形は視界から消えていった。

カテナ「…あー……」

 カテナはしばらく窓の外を見つめ、ゆっくりと振り返った。

カテナ「ヤ、ヤサシクナデテアケルツモリダッタノニ、チカラカゲンヲマチガエタカシラネー……」

 パンドラはカテナを見ながら乾いた笑いをあげて、恥ずかしそうに頭をかいた。

パンドラ「さて、あと一体は!?」

 やられた二体の人形のことは意に介さず、最後の一体の人形がドルジに襲いかかる。

アイシャ「ドルジさん、危ない……!」

ドルジ「む!?」

 人形がドルジに襲いかかる寸前、

クルト「ウィル・オー・ウィスプ!」

 まばゆい閃光が走り、ドルジに向かってきた人形は粉々に砕けて床に落ちた。

ドルジ「クルト、すまんの」

クルト「ううん、無事でよかった……!」

 ドルジに頭を撫でられて、クルトは嬉しそうに微笑んだ。

アイシャ「ここにいるだけ……ではありませんよね」

クラウス「ええ。旧館にまだたくさんあります。この三つも、いつの間にここへやってきたのやら……」

 深刻そうにささやくアイシャに、クラウスも不安げに答えた。

クルト「行こ、旧館に! ノエルちゃんもいるかも……!」

ドルジ「騒がしい夜になりそうじゃな……」

 杖をぎゅっと握りしめて意気込むクルト、ため息をつくドルジ。

ドルジ「クラウス殿はここでしばしお待ちくだされ」

クラウス「は、はい……こちらが鍵です。くれぐれもお気をつけて」

クルト「だいじょぶ、わたしたちを信じて! すぐにやっつけて戻ってきます!」

 旧館の鍵を手渡し、心配そうに見送るクラウスに、クルトはきりっと微笑んで手を振った。

パンドラ「私達なら大丈夫さ。安心して任せな」

 笑顔でクラウスの肩をポンポンと叩いたあと、険しい表情になるパンドラ。

パンドラ「それよりもノエルちゃんが心配だわ。私の耳にもまだ“視えない”。急いだほうがよさそうね」

 冒険者たちはクラウスを本館に残し、離れの旧館へと向かった。

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