七、魔法人形

カテナ「ノエル……!!」

 カテナは居てもたってもいられず、鍵を持っていないことも考えずに、一人割れた窓から飛び出す。

 真っ先に旧館入口のドアの前に辿り着くも、案の定鍵がかかっていて入れない。

カテナ「がぅっ……みんな! みんなはやくきてよぉ!!」

 ガチャガチャとドアノブを回しながら、何度も後ろを振り返った。

カテナ「ノエル……ぶじでいて……! こんなことになるなら、きらわれてでもノエルのとなりにいるんだった! オイラの……オイラのせいでノエルは……!!」

 カテナはまだ朱く腫らしたままの眼を細め、悔しそうに顔を歪めた。

 仲間が旧館の入口を視認したとき、

カテナ「はあぁあぁぁ……!!」

 カテナは入口前で深く腰を落とし、今にも正拳突きでドアを破壊しようと拳に力を溜めているところだった。

アイシャ「大丈夫よ」

 アイシャは、焦燥しきったカテナを後ろから優しく抱きしめた。

アイシャ「大丈夫、カテナのせいではないわ。それに、ノエルちゃんもきっと大丈夫。だって……」

クルト「わたしたちが付いてるから、ねっ!」

 クルトもカテナに近寄って、戦慄する彼の手を握りしめた。

 そうしている間に、ドルジは旧館の鍵を開けた。

ドルジ「開いたぞ。少々慎重に参るとするかの」

 ドルジは慎重にドアノブに手を掛けた。

 木戸と窓のカーテンに遮られて中の様子は視認できないが、特に物音などはしていないようだ。

パンドラ「やれやれ、みんな足が速いわね。こんな服(ジーンズ)で来るんじゃなかったわ」

 アイシャとクルトによって平静を取り戻したカテナ。その柔らかい表情を見て安心したパンドラは、ドルジが開いた旧館のドアの方を見つめた。

パンドラ「無音の音、不気味ね」

 暗闇に包まれた旧館を、ドルジの手にしたカンテラの光がうっすら照らす。

 黴臭い空気と、軋む床板。

 と、不意に扉が軋み音を立てて、ばたんと閉まる。と同時に、天井から吊り上げられた燭台がふっと点り、広間の景色が一同の目に入る。

クルト「……っ!?」

 クルトは反射的に一歩後ずさると、警戒心を強めて杖を握りしめた。

 広間の床や棚などあちこちには、首がもげかかったり、片腕が無いなど、薄気味悪いぼろぼろの人形の数々が、およそ二十体。打ち捨てられた骸のように、無造作に転がっている。

 そして、かたんという音とともに、どこからともなくオルゴールが鳴り響き──

 カタッ……カタカタッ……

 人形達は一体また一体と、次々に動き始めた。

クルト「変な気配がする……」

パンドラ「死霊アンデッドかい!?」

クルト「ううん、これはたぶん……」

ドルジ「 マナの力……魔法力じゃな」

カテナ「これってノエルのへやのときとおなじ……!? でもっ……おおいッ……」

 気がついた時には多勢に囲まれている。そんな状況にカテナは焦りを感じていた。

パンドラ「魔法てことは術者がいるってことだね。やれやれ、きな臭くなってきたねぇ」

 パンドラは前に数歩進むとクルトを庇うように前に立ち、人形達に向かって剣を構えた。

カテナ「こんなにいっぱい、1つずつあいてにしてらんないよッ!!」

 カテナは、自分達が入ってきた扉以外に、扉はあるだろうかと探してみた。しかしその扉以外に、外に通じる扉は無さそうだ。窓は閉め切られており、カーテンがかかっている。

 カテナは聞き耳を立てて、オルゴールの音が出ている所、もしくはその直前にかたんと音がした所がどこなのか、キョロキョロと探す。なるほど、オルゴールは広間の正面奥、二階へ繫がる階段の辺りから流れているようだ。

 しかし、広間の中央には、カタカタと音を立てつつ人形達が集結し、立ちはだかる。

 薄暗く点る天井の蝋燭の火がゆらゆらと揺れて、人形達を不気味に照らし、広間の床板に揺らめく影を落とす。

 薄暗い広間の中を、自分の長所を最大限に生かし、聞き耳と暗視によって二階への階段を捉えるカテナ。

カテナ「あっち、のぼれるかいだんある! このおとも、そのへんから! でもッ……」

 すぐに階段を指差して叫ぶも、指先の線上にいる人形達は素直に通してくれそうにない。

 がゔぅ……と、小さく唸りながら歯を噛み締める。


 クルトやアイシャが自分をなだめてくれていなければ。

 自分が早まって一人で進んでいたならば。

 恐らく力技か逃げ回る他無かっただろう。

 でも、今は違う。

 皆がいる、一人じゃない。


 どうすればいい?

 すぐにノエルのところにいくためには、どうすればいい?


 ノエルを助けたい。

 ただそれだけのために、普段使いもしない頭を煮え切らす。

 犬歯剥き出しで唸り声を漏らしながら、カテナは必死で考えた。


 まほーでうごくにんぎょー……。

 あつまってるいまなら……!!


カテナ「じーちゃん! あのへんまとめて、まほーのちからけせないかなっ!?」

ドルジ「なるほど、魔法無効化ディスペル・マジックか……何者かが魔法で操っておるのじゃったら、効かぬこともないやもしれんが……」

 ドルジは広間の中央目掛けて杖を振って呪文を唱え、一瞬閃光が人形達を撃った。

 カタカタカタッ……ギギッ……

 閃光を浴びた一部の人形は、一瞬揺らいで倒れた。が、次の瞬間には再び鈍い音を立てて起き上がり、オルゴールに合わせて挑発的な躍りを再開した。

ドルジ「やはり駄目じゃな……恐らく人形の中に呪符か何かが仕込まれており、人形自体が魔法道具マジックアイテム、即ちゴーレムと化しておるのじゃろう」

カテナ「がぅッ……!!」

 悔しそうに、もどかしそうに、カテナは険しい表情を浮かべた。

パンドラ「さぁて、どうしたもんかね……司令官殿、わたくしめになんなりとご命令を」

 肩を剣で叩きながらクルトの方を見てニコッと笑った。

クルト「ん? 司令官……あぅ……」

 クルトは少し戸惑いはにかんだのち、鋭い表情を取り戻し――

クルト「んと……突破するしかないと思う……!」

 身構えるように手にした杖を強く握りしめて、臨戦態勢に入った。

クルト「とりあえず……ウィル・オー・ウィスプ!」

 クルトは護身用にと、光の精霊ウィル・オー・ウィスプを自分の額の前あたりに召喚した。

人形1「ギギギ……素敵ナパーティーネ!」

人形2「貴方達モ一緒ニ踊リマショウ!!」

 相手もこちらの殺気を察してか、三体ほどの人形が踊りの輪から跳び出て、前線に立つパンドラ達に目がけて飛びかかってきた。

パンドラ「人形とのダンスなんてメルヒェンじゃないか! 楽しませておくれよ!」

 パンドラは腰の愛剣を抜くと、人形めがけて素早く突いた。が、パンドラの剣は虚しく宙を裂いた。

 人形はケタケタと口を動かしてパンドラの横に立つ。

パンドラ「へぇ、やるじゃないか。ただの雑魚ってわけではないのね」

 一瞬真顔になるパンドラだが、すぐに笑顔を取り戻す。

カテナ「そんなにおどりたいなら、いっしょにおどってあげるよ!!」

 しゃがんで避けながら人形の胴体を摑み、飛びかかってきた勢いを利用して人形ごと後ろ宙返りをしつつ、残るもう一体に向け、遠心力を乗せて勢いよく投げつけた。

カテナ「サーシャとおどったおどりだッ! ては はなさなかったけどね!」

 カテナに投げつけられた人形はもう一体の人形とぶつかり、大きくバランスを崩した。

パンドラ「ハラショ!(いいね)」

 空中でよろめいた人形にパンドラが飛びかかり、愛剣を素早く横に振ると、人形の両足はきれいに両断された。

パンドラ「胴体を狙ったはずなのに空中でギリギリ交わすとはね」

 両足を失った人形は床に鈍い音を立てて落ちた。

カテナ「ねぇっ、こいつらいっきにやっつけらんないかな!? ダメなら、まとめてうごけなくさせるとか、おとしあなにおっことすとか! あとは、かいだんちかくからきこえるこのおと、きこえなくしてみるとかはっ!?」

 カテナは作戦を思いついたようで、ドルジ達に提案した。

ドルジ「音を聞こえなくする、か……成程、もし人形が音で操られておるのじゃったら、それも効果があるのやも知れんの。クルト、できるかね?」

 カテナの提案を聞いて、ドルジはクルトにそう告げた。

クルト「ん、やってみる! えと……オルゴールの音はたぶん階段のほうから聞こえる気がするから……」

 クルトは持ち前の耳の鋭さで音源をおよそ特定し、

クルト「万有の空気を司る風の精よ……空気の鳴動を止めて! サイレンス!」

 クルトが杖を振って詠唱すると、一筋の風の流れが広間の正面奥に聳える階段の辺りへと流れてゆき、鳴り響いていたオルゴールの音はふっとその響きを止めた。

 踊りを繰り広げていた人形達も、はたと踊りを止め、怪訝そうに辺りを見回した。

ドルジ「ふむ……音で操られておったわけではなさそうじゃな……」

 ドルジは警戒姿勢を強めて杖を構えた。

人形3「ナンデ……ナンデ アタシタチノ 素敵ナ パーティーヲ 邪魔スルノ……!?」

 人形達はくわっと威嚇的な姿勢を見せ、

人形4「殺ス……殺シテヤル……!!」

 折れた手などから、さっと鋭い刃を繰り出し、一丸となってパンドラ達に飛びかかってきた。

パンドラ「おやおやぁ? 素敵なパーティにしようと一緒にダンスを踊っているってのに。人形ちゃん達では私のジルバにはついてこれないかしら? それならワルツはいかがかしら?」

 パンドラは笑みを浮かべながら、挑発するように剣を人形達に向けた。

カテナ「オマエたちだけであそんでるんなら じゃましないよッ! オイラたちはノエルをむかえにきただけだ! ノエルをどこへやった!!」

 人形達に向かって、牙を剥き出しにして唸るカテナ。

パンドラ「この人形達に言ったところで無駄さ! いくわよカテナ君!」

 パンドラの声に反射的に反応してカテナが飛び出した。

 牙を剥き出しにしたカテナが勢いよく顎を閉じると、鋭い牙から火花が散った。その火花は、予め火酒サラマンドラを塗っていたパンドラの剣に火をつけ、高速で振り下ろされた剣は勢いよく燃え上がった

パンドラ「Der Hölle Rache kocht in meinem Herzen,(地獄の復讐が我が心の中で沸き立つ)

Tod und Verzweiflung flammet um mich her!(死と絶望が私のまわりで燃え立つ)」

 パンドラの叫び、いや歌声が旧館に響き渡ると、振り下ろされた剣が人形を真っ二つに斬り裂き、燃え上がった紅蓮の炎はさらに四体の人形を焼き払った。

 そして炎は、パンドラの意思に従うかのように、静かに消えていった。

 床に手をついて着地したパンドラ。数秒遅れでカテナはパンドラの背中に着地した。

 まるで事前に作戦を決めていたかのような、パンドラとカテナの連携技。

 ヴァルトベルクでは共に踊り、千の観客を魅了した二人。

 北の大地では共に命を預けて戦った二人。

 そんな二人だからこそ、アイコンタクトすら不要の連携を可能にした。

人形「グギギ……ヤルナ……ナラバ」

 残りの人形は怯んだ気配を見せ、

人形「本館ノホウヲ荒ラシテヤル……!」

 何体かの人形が視線を扉の外へ向けると、その体が光り始めた。

ドルジ「させぬぞ!」

クルト「行かせないよ!」

 ドルジとクルトの連携プレイ。ドルジの杖から魔法弾エナジーボルトが射出され、クルトの前に浮いていた光の精ウィル・オー・ウィスプが人形目掛けて飛んで行き、まばゆい閃光と爆発音が部屋に轟いた。

 数体の人形は粉々に砕け、また数体は大破してその場に倒れた。

 しかし、残りの数体は、光に包まれてその場から昇華するように消えた。

ドルジ「取りこぼしたか……」

 と、アイシャから預かってきた黒猫“Mr.トンベリ”が、クルトの足元に寄って、「ニャオウ……」と小さく鳴いた。

クルト「ん? 心配いらない……って?」

Mr.トンベリ「ニャア」

 黒猫は尻尾を立てて振った。

ドルジ「本館へ行ったのは三体ほど……アイシャの実力なら問題なかろう」

 ドルジは残りの四体の人形に向かって再び臨戦体制を取った。


 その頃本館では――

アイシャ「やっとお出ましですね。待ちくたびれたわ」

 本館ロビーで待機していたアイシャは、臨戦態勢完璧で、光に包まれて姿を現した人形に対峙した。

アイシャ「戦闘はあまり得意ではないけれど……」

 魔導書を見開くと、それが光を放ち、ページがはらはらと風に吹かれたようにめくれ、

アイシャ「虚無へと帰りなさい……! 魔法弾エナジーボルト!」

 魔導書がまばゆい閃光を放ち、現れたばかりの人形三体を撃った。

人形「グギィ!!」

 人形は刃を向ける間もなく、粉々に砕け散った。

アイシャ「良く出来ました」

 アイシャはふっと微笑みを浮かべて、ぱたりと魔導書を閉じた。


 旧館の広間では――

クルト「アイシャ姉、うまくやったみたい!」

 クルトは黒猫の表情仕草を機敏に読んで、そう言った。

人形「アタシタチノ仲間ヲ……赦サナイ!!」

 残りの人形四体は、敵意を剥き出しにしてパンドラ達四人に目がけて飛びかかってきた。

ドルジ「クルトはわしが守る! パンドラとカテナは、気にせず全力でやってくれ!」

 ドルジはクルトの前に立ちはだかり、杖を構えた。

クルト「ん……わたしも出来るだけやってみる! 眩き光の精よ、ウィル・オー・ウィスプ!」

 クルトも自らを守るように、光の精霊ウィル・オー・ウィスプを召喚した。

パンドラ「悪い子たちね、良い子にしていないとジェド・マロース(ルーシの国の「ニコライさん」)は来てくれないよ」

 剣の切っ先を人形に向け、ゆらゆらとしなやかに剣を振るった。

パンドラ「СНЕГУРОЧКАスニェグーラチカ-雪娘-」

 脱力したパンドラの筋肉からしなやかに繰り出される剣の舞は、人形を数百の破片に砕いた。

 砕かれた破片は、まるで雪のように空から地上に舞った。

(全力でやってくれ!)

 ドルジの凛とした言の音が空気を裂いて耳に飛び込み、そしてそれを火種としたかのように、野生児の瞳は力強く見開かれた。

カテナ「がぅあぁああぁああぁあッッ!!」

 瞬間、少年の全身は蒼と白の荒い毛並みに覆われていた。そこに在るのは、一匹の狼。

 カテナは瞳に映った人形一体に狙いを定め、一瞬にして距離を詰めると勢いよくその爪を振り下ろした。

 人形は爪でえぐられた部分が砕け散り、さらに床に叩きつけられた衝撃で首以外が粉砕された。

 その首というと、まるで毬のように真上へ跳ね上がり、空で静止したその位置には、鋭い牙が生え揃った獣の口が待ち構えていた。

カテナ「がぁゔッ!!」

 カテナは躊躇なく人形の頭を噛み砕き、破片を吐き捨てる。

カテナ「ぐるるるる……」

 そこに慈悲はない。狼と化したカテナは、ただ目の前の獲物を喰らう獣の如きであった。

人形「ツ、強イ……何ダコノ化ケ物ハ……聞イテイナイゾ……」

 感情を持たないはずの人形。しかし、その姿勢には明らかに動揺の色が見てとれた。

 とはいえ、やはり死を厭うことのない「道具」――

人形「ココデ……」

人形「オ片付ケヨ!!」

 残り二体の人形は、もはやがむしゃらになって、一遍に狼カテナ目掛けて飛びかかって来た。

カテナ「ガゥアァアァッッ!!」

 ザンッ――!!

 カテナの両の前肢と鋭く光る牙が、一閃暗がりに軌跡を描いて舞い、二体の人形は襤褸礫ぼろつぶてになって、鈍い音を立てて床板に転がり、果てた。

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