身体償却リスト

「旦那様。施術中の馬頭間めずまですが、集計結果によりますと、新たな負債が発生しております。こちらはいかがなさいましょう?」


 鱒丘の声を聴いた雅は、六分割された大型モニター内で、腎臓の摘出手術を受けている男へ視線を定め、「まだ取り出せていないのなら、はじめの負債も返済されていないということだ」と言い、「手術は三時までに終わるのか?」と問い返した。


「いえ、あと二時間以上は必要かと」


「ならば、集計結果を発表したあとで、新しく部位を選ばせろ。ランキング発表後、合図で私のマイクを馬頭間にだけ繋げ」


「畏まりました」


 まもなく午前三時となる。マイナスポイントが『500』を超過した者には、馬頭間と同様、即座に負債を返済してもらう。流れている馬頭間の映像を他人事と捉えている連中も、これで少しは必死になるだろう。


 作品を公開している参加者のうち、読者からの純粋なプラスの評価を得た者はまだただ一人、妻の右手をミンチにされた霧海塔だけだ。もちろん、だからといって、彼の作品が面白いということにはならないのだが。


「旦那様。そろそろお時間でございます」


 雅は頷き、「皆さん!」と大型モニターに映る参加者たちへ語りかけた。


「ショーの開始から六時間が経過しますが、作品の進捗具合はいかがでしょう?」


 ヘッドホンをしている地味な顔の女性と施術中の馬頭間を除き、他の男女の顔にあからさまな動揺の色が現れた。ある者は驚いたように大きく身を震わせ、またある者はせわしなく首を左右に振っている。ただ一人、髪の長い男が反応していないが、寝ているのだろうか。


「わたくし、少々飽きてしまいました。おそらく、視聴者の皆々様方におかれましても、この辺りでひと波乱起きてほしい、ヤラセでいいから盛り上げてくれと、そのように望んでいる方も多いのではないかと。それでわたくし、とある素敵な考えに思い至りました!」


 嫌な予感を感じ取ったのだろう。三人の目が同時に大きく開かれた。


「退屈な展開に嫌気が差してしまわれないよう、大幅に予定を繰り上げ、これより最初の判定に入らせていただきます!」


 雅は間髪をれず「だららららららららら」とドラムロールの口真似をし、「ハイッ! それでは皆さん、右側のモニターをご覧ください!」と声を張り上げた。六分割された各画面内に、参加者各々の執筆名、評価および違反項目、そして項目別の付与ポイントが表示される。


【紅 朱音】

・文章作法に則っていない 370

・規定文字数未到達 300

・程度の低い表現 400

・重複表現 480


【屍蝋 兇夜】

・規定文字数未到達 300

・作品未公開 100


【皇 奇迷乱】

・規定文字数未到達 300

・作品未公開 100


【トテチテ】

・規定文字数未到達 300

・作品未公開 100


【霧海 塔】

・感想およびレビュー 330

・規定文字数未到達 500


【馬頭間 頼斗】

・規定文字数未到達 600

・作品未公開 100


「続いてランキングを流します」という鱒丘のセリフと同時に、参加者の執筆名と、合計獲得ポイントを示す数字の載ったランキングが、再び統合されて一つになったモニターに大きく表示された。


1位 紅 朱音 1660

2位 霧海 塔 1120

3位 馬頭間 頼斗 700

4位 屍蝋 兇夜 400

   皇 奇迷乱 400

   トテチテ 400


 プラスとマイナスを分けてはいないが、ポイントの集計結果を見れば、一人もプラスの者がいないとわかる。リミットである『500』を超過し、負債の返済義務が生じたのは上位三名。まずはアンケートと称した身体償却リストを書かせる。


「上位三名の部屋のモニターにリストを流せ」


 ラップトップのキーが叩かれる軽い音が響くなか、「馬頭間が次に何を選ぶか興味がある。施術の様子と彼のリストを映せ」と雅が鱒丘へ命じる。すぐさま大型モニターが二分割され、左側に手術中の馬頭間が、右側に身体の部位に番号を振ったリストが大写しとなった。


1、脳   100,000

2、心臓  300,000

3、頭蓋骨 1,200

4、眼球  750 each

5、肺   100,000 each

6、肝臓  157,000

7、膵臓  50,000

8、小腸  2,500

9、大腸  2,500

10、腎臓  131,000 each

11、頭   800

12、首   800

13、胸   800

14、胴   800

15、上腕  500 each

16、前腕  500 each

17、手   400 each

18、腰   800

19、生殖器 300

20、太腿  1,000 each

21、脛   1,000 each

22、足   1,000 each

※なお、数字外の部位は一律1ポイントとし、いかなる例外も認めない


 画面内の左側では、椅子に縛りつけられて横倒しとなった馬頭間が、腎臓摘出に邪魔な肋骨を、剪刀せんとうで切除されようとしている様子が映っている。なにやら口が動いているようだが、彼の音声を繋いでいないためわからない。


 目を見開いた馬頭間の顔の正面に、リストとランキングが表示された新しいモニターが現れたのを見届けてから、「音声を繋げ」と雅が顎をしゃくって合図を送る。視界の端で鱒丘が頷いたのを確認して口を開く。


「肋骨を切断される気分はいかがですか?」


 本当に知りたいのではない。ただの挨拶だ。以前は幾許いくばくかの興味もあったが、かつてそういった質問に答えてくれた者はいなかった。皆、ただ助けを乞うか、無意味な言葉を喚き散らすだけの愚鈍な連中ばかり。そのうち訊ねるだけ無駄だと悟り、いつしか期待を捨て、連中の声を聴くのをやめた。


「本来は全身麻酔で行われるその手術も、被施術者である貴方に貴重な体験を味わっていただくため、あえて局所麻酔にしていることは先ほどもお伝えした通りですが、これにはもう一つ利点があるのです!」


 極限状態の人間は他人の話など聞いちゃいない。それが己の生命の危機に関わることでない限りは、だ。聴こえてくる内容をフィルターにかけ、言葉の端々に現れる重要な単語だけを拾い上げ、感知から把握までの時間短縮を図る。いわば、意識のショートカットだ。


「それは、施術中にも被施術者と会話ができるという点です! よって、貴方が新たな負債を抱えてしまったことも、こうして滞りなくお伝えすることができるというわけです!」


 無様な顔をしている。鼻水と涎を垂らし、猛る獣のごとく口を大きく開いている様は、どこかおかしみを含んだ物悲しい彫像のようだ。身動きが取れず、また身動きすることが許されない状況に耐えているのが、馬頭間の顔面の紅潮具合からもよくわかる。


「ご覧の通り、貴方は現在『700』もの負債を抱えてしまっております。ですので、そちらのリストから、今回の返済にあてられる部位をお選びください! なお、お選びいただけない場合、リスト最下位にある『足』のいずれか一方を頂戴いたします!」


 馬頭間の口が動いている。何事かを早口で捲し立てているようだ。聴かなくとも、何を言っているのかおおよその見当はつく。ポイントについて訴えているに違いない。


 なにしろ、馬頭間が最初の対価として支払った腎臓で得られるポイントは、『131,000』から負債分の『520』を引いた『130,480』となるはずで、それはもし彼が今後の展開で負債を抱えてしまったとしても、当分は余裕のある数値である。彼もそれを見越して価値の高い腎臓を選んだのだろう。


「そうそう、二つ以上の部位を組み合わせていただいても結構ですよ! 例えば、片手と生殖器ですと、ちょうど『700』になりますね!」


 手術が終わったあとであれば、腎臓で獲得した膨大なポイントから負債を差し引くことができた。だが、手術は始まったばかりで、たまたまポイントの集計結果の発表と重なってしまった。


 タイミングの問題。運が悪かった。ただそれだけのことだ。


「どうぞ、お好きな部位をお選びください!」


 あとは放っておいても、テンカウントで返済にあてる部位が自動的に決定する。 目配せして鱒丘に馬頭間への音声を切断させ、続けて「紅と霧海を映して音声を繋げ」と命じる。エンターキーが叩かれ、二人の顔が画面に現れたのを合図に話しだす。


「ランキングの上位入賞、おめでとうございます! さっそくですが、現在の貴方は負債を抱えた状態にあり、一時的にショーの参加権を失ってしまっております。ショーに復帰していただくためには、負債の返済が不可欠!」


 二人とも静止画のように微動だにしない。追い詰められた獲物のような表情をしている。見開かれた両目には不安の色が浮かび、唇は真一文字に閉じられ、首筋にも力が入っているのが見てとれる。いい顔をするようになってきたじゃないか。


「ご心配なく! 返済に金銭は必要ありません! 先ほどご自身で番号を振っていただいた、そちらのリストに記載された部位からお選びいただけます!」

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