特撮ヒーローは改造される宿命を背負う

『同じ作家として、彼が行ったことは許されないと思う。多くの人に読んでもらいたい気持ちはわかるが、不正はよくない。彼の名誉の為に何をしたかの明言は避けさせてもらう。しかしながら、私が憤りを感じているのは確かだ。勘違いしないでもらいたいのは、これは彼の為を思って書いていることで、彼や彼の作品をおとしめようという意向はない』


 二時間以上前に、SF作家『御手洗みたらい 良昭』で発信した内容だ。当然、具体的な指示は出していない。今はどんな些細なことでも犯罪と看做みなされ、どこからどう攻撃されるかわからない時代だ。迂闊な言動は身を滅ぼす。


 これは表、つまりは建前としての一手に過ぎない。某有名掲示板には『馬頭間めずま 頼斗らいと』の評判を下げるため、『不正で有名なウェブ作家』でスレッドを立て、ネットで拾った不正を働いたことのある適当なウェブ作家の名前を拝借し、奴の以前の執筆名だと偽りの情報を流した。あとは血気盛んな馬鹿どもが勝手に働いてくれる。


 幸いだったのは、馬頭間がまだ作品を公開しておらず、モブどもに文体を比較されずに済んだことだ。嘘がバレれば返り討ちに遭う可能性が高い。


 良昭はモニターの右隣の壁にある、緑色の『270』というデジタル表示を眺め、満足そうな笑みを浮かべた。第一話を五千字ほどにまとめ、複数のサイトで公開してから、約一時間半のうちに集まったポイントだ。


 まだすべての仕組みが判明したわけではないが、感想が書かれるとポイントが入るのは間違いない。最初に入った十ポイントも、とある小説投稿サイトに書かれた感想のせいだとわかった。あれから誰かにポイントが入ったというアナウンスはない。つまり、このレースを独走しているのは俺だけということだ。


 とはいえ、自分は未だイカレたショーに参加中なのは変わらない、と良昭は眉間に皺を寄せ、おかめが覗いているであろう、正面のモニターに付属しているカメラを睨みつけた。


 最高傑作などどうでもいい。そんなもの書かなくとも、他の連中を全員潰せば自動的にショーは終わりだ。その後、この部屋を出ておかめを殺しにいく。顎を上げてモニター上部の制限時間へ目をやる。『18:33:27』残りの五千字を書くには十分だ。


 第二話の執筆に取り掛かろうと、キーボードへ手を伸ばそうとした良昭は、数時間前にも耳にした大量の硬貨が流れ落ちるような音を聴き、再び視線を正面右の壁へと向けた。


「あぁ⁉︎」


 思わず声が漏れた。壁に表示された数字は変化を続けている。意味がわからない。三桁目の数字が消えた。二桁目も止まる様子がない。なぜのだ。


「おいッ! システムがバ」


 顔を振った良昭は、モニター左脇の壁に赤い数字が現れたのを目にし、出かかった言葉を飲み込んだ。みるみるうちに数字が増えてゆく。数字の表示場所が右から左の壁へと移り、色が緑から警告色の赤となった。


 マズイと思うが早いか良昭はモニターへと向き直り、開いてある複数のタブからSNSの御手洗良昭のアカウント、霧海むかいとうのアカウント、それから小説投稿サイトの更新と、焦る気持ちを抑えて異常がないかを順に確認していった。手が震えてうまくクリックができない。


 SNSのアカウントにとくに問題は見られない。投稿サイトのほうも、『感想が書かれた』という通知が新しく十数件届いているだけで、これまでと何ら変わったところはない。どういうことなのだ。


 なにもできずにモニターを睨んでいた良昭は、唐突なブザー音に大きく肩を震わせて天井を見上げた。殺しの合図だ。視界の端に『290』という赤い数字が映る。いつの間にやら、自分でもうるさいと感じるほどに呼吸が荒くなっているのに気がついた。立とうとして力が入らず、脱力するように椅子から落ちて床の上へ転がる。


「おやおや? 皆さん、顔色がすぐれませんねぇ!」


 おかめ野郎の忌々しい機械音声だ。


「そんな皆さんに、またもや貴重な映像をお届けしたいと思います! こちらを観て元気を出していただきたいッ!」


 床からモニターを見上げると、開いていた小説投稿サイトの画面が消えており、代わりに椅子に縛りつけられている男が映っていた。これが脳裏によぎって椅子から離れようとしたのだが、うまくいかなかった。次の犠牲者は俺じゃない。助かった。


「ああっと! 顔を伏せるのはまだ早いですよぉ! ご安心ください。彼が命を落とすようなことはございません! 今回、彼はルール違反を犯したのではありません。負債を抱えてしまったのです!」


 またわけのわからないことを言っている。俺は罰を受けない。ならば、どこぞの誰とも知れない他人の拷問を見る意味はない。まさに時間の無駄だ。


「負債は一定の数値に達しますと」


「新しいモニターか、ノートパソコンくれ」


 身体を起こして椅子によじ登りながら、虚空へ向かって要求を告げる。おかめの話など聴いていられるか。すぐに天井の一部が開き、するすると別の液晶モニターが下がってきた。位置は正面モニターの右隣。キーボードがトレース台と一体化しているため、これでは右を向いた状態でタイピングしなければならない。


「おい、キーボードだけ切り離せ」


「またまた、そんな浮かない顔をしないでくださいよ皆さんッ!」


「それから、このクソ忌々しい音声の音量下げろ!」


「ここで朗報です!」


 まったく変わらない。キーボードは切り離されたが、通らない要求もあるのか。右隣のモニターの前へと椅子ごと移動し、ブルートゥースでキーボードとペアリングさせる。


「皆さん自身でお選びいただけるのです!」


 先ほどまで正面にあった、左側のモニターに映していたものと同じサイトを開いていく。SNSのアカウント二つに続き、小説投稿サイトの執筆画面を開こうとして気が変わり、新着の感想へとカーソルを動かしてクリックし、もっとも古いものを開いてみた。


『あんた、御手洗良昭ってSF作家でしょ? それとも本名の小久保良昭って言ったほうがいい? 霧海塔ってなに? 何で素人になりすましてんの?』


 本業の執筆名と本名を目にし、良昭は見えない手で首を締められているような息苦しさを感じ、左手で喉元を触って何もないことを確認し唾を飲み込んだ。続けて二件目の感想を開く。


『なんで馬頭間頼斗って無名の、一つも作品を投稿してないウェブ小説家をリンチにかけるわけ?』


 こいつ、最初の感想を送った奴と同一人物か。


『もしかして、その程度で他人よりも優位な立場になったつもりなの?』


 三件目の感想を開いて違和感を覚えた。ただの荒らしではない。どこか明確な意志のようなものが窺える。何が目的だ。


「ご本人からどうぞッ!」


「だぁ! やっぱりイヤだぁ! 助けて、誰か助けてッ! 早くッ!」


 機械音声ではなく、男の絶叫する高い声が部屋に響き、思考を邪魔された良昭は左側のモニターへと視線を投げた。画面には椅子に縛られた男と、天井から伸びる数本のロボットアームが映っている。


 子供の頃にテレビで観た、改造手術を受けて怪物にされてしまう、特撮モノのヒーローのワンシーンを思い出した。まさかとは思うが、本当に改造するわけではあるまい。


「やめろッ! 来るなッ! やめ、やめ、なんで⁉︎ やめ、なん、それ、それなんでッ!」


 嫌がり方が尋常ではない。もちろん、改造手術を前にしたヒーローは、ここまで無様に暴れてはいなかった。


「やめ、やめてやめて! やめてくださいッ! おおおれ、おれおれ、俺の腎臓ッ! 取るとかとか、おかしい! おかしいですよ! おかしいだろッ、おい!」


 嘘だろ。腎臓を取ると言ったのか。本気だとしたら、どこぞの新興宗教団体がやっていることと変わらない。なぜそうなる。悪くもない臓器を強制的に摘出されるなんて、笑えない冗談だ。

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