Guinea pig
Guinea pig……実験台、モルモット。
メッセージを送った八人全員が集まってくれた。挨拶を終え、撮影しておいた動画を流すよう
雅は右下に流れだした動画へと視線を落とし、「編集はしたのか? 劇的な感じに」と、背後のやや離れた場所に控えている鱒丘へ訊ねる。
「はい。わたくしめの趣味が、多分に反映されてはおりますが」
鱒丘の答えには反応せず、モニターに映る八人の様子を俯瞰する。右下の動画には『童話作家 ぷりんちゃん』という文字が黒い背景に白抜きで現れた。
「ライブ配信の視聴者数は?」
「まだ数十名でございます」
告知が直前だったためだろう。それはこのショーの性質上、仕方のないことだ。なに、まもなく数字は跳ね上がる。憂慮する必要はない。
「SNSに追加の告知を流せ。ネタバレで構わない。的確な訴求ポイントを含めろ」
「ただちに」と鱒丘が手元のラップトップを操作し、入力した任意の文字を口コミ状の文言へ変えて不規則に生成する独自開発のソフトを使い、買い取った一万を超えるアカウントで複数のSNSに告知を散布する。
モニターを見ていた雅は、右下の動画に『本名
男性が口を大きく開いている様子に映像が切り替わると、間髪を容れず「ちるーッ! オイッ、みちるに何しやがったッ!」というわれた音声が部屋に響き、雅は「
「確認いたします」
何を騒いでいるのだと思いつつ、男の言葉に耳を傾けてみる。はじめは雑音にしか聴こえなかったが、男が口にしているのが動画内で紹介されている、童話作家の女の名前だと気づく。
「鱒丘」
「旦那様。男は
「仕込んだのか?」
わずかな間があってから「いえ。偶然かと」と鱒丘が短く答えた。面白いこともあるものだ。作られた偶然は興醒めだが、本物は
「みちるーッ! みちるーッ! みち」と良昭の叫び声が不自然に途切れ、モニターの右下へ視線を移動させた雅は、真那加みちるの顔が粒子となって暗い背景に霧散し、代わりに闇から湧き上がってきた茶色いヘドロのような物体が、少しずつ錆びたロボットアームの形へと変化していくのを眺めた。
ロボットアームの各部位がそれぞれクローズアップされるなか、錆びた十枚のブレードが映り、それに合わせて雅がモニターの男女を見まわすと、三人にいる女性が三人とも顔を手で覆ったり、画面から顔を背けたりするのが目に入った。これから動画内で起こる残虐なシーンを予期しての行動だろう。
「動画の音声は流れているのか?」
「良好でございます」
突然、口を大きく動かしている、みちるの引き攣った顔面が映った。そうかと思うと、今度は回転する十枚のブレードがアップになり、再びみちるの表情が映る。みちるの顔とブレードが交互に現れ、徐々にその間隔がフラッシュのように短くなってゆく。
「やめろッ! 今すぐやめさせろッ! みちるが何したって言うんだ! どっかで聞いてんだろ、この面野郎!」
やめろ、というのは間違いである、と雅は良昭の言葉を口に出さずに訂正した。すでに真那加みちるの処刑は執行され、完全に完了している。なので、この場合、彼が要求に使うべき言葉は
「やめろーッ! あ”あ”あ”ぁ! みち」
雅は「
ウェブ上に溢れるグロ動画や、過激な描写の映画などを見慣れているせいで、逆に彼ら彼女らの現実世界からはリアリティーが失われているのだ。自分の身に火の粉が降りかかるまで、まさに対岸の火事、他人事だ。
それにそのリアリティーだって、画面を隔てただけで簡単に喪失してしまう、薄っぺらいものであると雅は考える。たとえアフリカで内乱や紛争が起きている映像や、飢えや病気に苦しむ人々を目にしても、それで日本や自分の未来を不安に思う日本人が一人もいないのと同じだ。
画面上の三人の女性たちは、それぞれが頭を抱えるようにしたり、身体を縮めるようにしたりして、全員が何らかの形で耳を塞いでいる。動画など、とうの昔から観てはいない。
連中はもともと何も持ってなどいないくせに、失うことに臆病になりすぎているのだ。それに、失ったのなら取り戻していけばいいではないか。時間をかけて、ちょっとずつでも。
動画では、ロボットアームの先端に空いた無数の穴から、肉と骨が混ざり合った真那加みちるのミンチ状の指が、脱力したミミズのように押し出されてきているのが映り、モニター内左下の男が口元を押さえて消えた。
「視聴者数、十万人を超えました」
期待より遥かに少ない。雅が「国外からのアクセスは何割だ」と訊くと、鱒丘が「一割にも達しておりません」と答えた。購入したSNSのアカウントは国外居住者のものがほとんどだったはずである。単純に時間帯の問題だろうか。
「告知は各言語でも撒いたんだろうな?」と雅が問うと、しばし長い沈黙があってから、「ただちに」と鱒丘が答えた。まぁ、いい。ショーの見せ場はまだここではない。真那加みちるの動画はあくまでも、宣伝用のサンプルにすぎないのだから。
雅はロッキングチェアから立ち上がると緑色の布を首元まで被り、緑色のクロマキーシート前へと移動しながら、「動画が終わり次第、中継に切り替えろ」と鱒丘に指示を飛ばし、顔を巨大モニターから正面に設置されたカメラへと向けた。
離れた場所にいる鱒丘が、立てた三本の指をひとつずつ折っていくのを視界の端に捉え、握り拳が上がったのに合わせて雅が口を開く。
「動画はお楽しみいただけましたでしょうか? 何ですって? 楽しめなかった? ご安心くださいませ。あれは余興と呼ぶのもおこがましい。いわば、わたくしどものショーを知っていただくためのサンプル、実験体、
まだ事態を把握できた者はいないだろう、と雅が巨大モニターへと視線を移す。人が己の理解の及ばない事象に遭遇したときに見せる、多様な畏怖や戦慄の表情が並んでいる。が、まだ安全圏から観察している者のそれだ。
与えた情報が少なすぎるのか。連中が身近なこととして認識できるよう、わかりやすい恐怖へと落とし込んでやる必要がある。そのためには、こちらの情報をどこまで開示するかという加減が重要だ。少なくとも、流された動画と、彼ら彼女らとの繋がりを教えてやらねば、外界からの刺激に鈍感な連中には何も伝わるまい。
「それでは皆様にショーを楽しんでいただくためにも、いくつか補足の説明をすることにいたしましょう。配信をご覧になっている方々におかれましては、少々退屈かとは思われますが、わずかなあいだでございますので、ご容赦のほどよろしくお願い申し上げます」
巨大モニター右下の、真那加みちるの動画が流れていた場所には、雅の被るおかめの面が配信中のものとして映ってはいるが、ほとんど動きのないそれを、視聴者がライブ映像とわかっているかは定かではない。
「さて、今宵、わたくしどものショーを盛り上げるため、わざわざこの場へとお集まりいただきましたのは、今や業界の各ジャンルで絶大な人気を誇る、八人のウェブ小説家の方々でございます!」
言ってはみたものの、集まった自称小説家たちのことなど、雅は何も知らない。AIがアトランダムに選出しただけだ。モニターのなかでは、眉間にシワを寄せる者、部屋を見まわす者、カメラを見つけて覗き込む者と、各々が様々な反応を示している。
「
小説家たちを一瞥した雅は、女性のひとりがキーボードを打ちはじめたのを目にし、勘の鋭いのが混じっているなと感心する思いだった。己の置かれた状況を分析して問題を洗い出し、無駄を省いて最短距離の解決へと向けていち早く行動を起こす。そういった賢い人間は好感が持てる。
「申し遅れましたが、わたくしは主催の、瀧田川と申します。以後お見知りおきを」
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