噂の真相
夏も間近に迫った安息日の朝。
貴族街より一台の馬車が出てきた。
聖獣である炎の鳥を象った紋章は、皆様もご存じ、〝西の雄〟カークランド家のものである。
この四大貴族に数えられる侯爵家は、質実剛健を是とする西部貴族らしく、清廉潔白さが売りでもある。度々、当紙面を賑わしている
しかし今回、妙な噂を耳にした。
シロンという平民の少年のことである。
カークランド家の好敵手、同じ侯爵家であるチェイシー家のご令嬢、アルマ様との熱愛が報じられた彼と言えば、皆様の記憶にも新しいだろうか。
このシロン少年、かの悪名高き大樹海出身であるらしく、魔法学院に通うために王都に向かう途中、カークランド家のご令嬢レイラ様と出会い、意気投合したというのである。
信じるか信じないかはあなた次第な話だ。
しかしながら、道中で撃退した賊の中には、総懸賞金額が金貨三〇〇枚超えの〝
当時十一歳であったシロン少年の剣技は「いずれ王国の至宝となるでしょう」と〝斬撃女王〟も太鼓判を押している。
剣技もさることながら、本業である魔法も、卓越した腕前である。
毎年、何人もの志望者を泣かせている王国最難関の魔法学院。その入学試験で満点を取り、教員採用試験までも満点通過してしまうという逸材である。
本人の希望により非常勤講師という立場ではあるが、彼の授業は非常に人気が高く、その倍率は二十倍以上を常に保っているというのだ。
受講した生徒の一人は「本当に革新的です。落ちこぼれだった自分が、飛び級するなんて……シロン先生には感謝しかないです」と涙混じりに語ってくれた。
剣も魔法もでき、将来が大変有望であるシロン少年であるも、講師として受け入れられるには少々時間がかかった。
ウィンドルフ家の元三男、バーナード氏の妨害があったからだ。
貴族至上主義を掲げる彼は、シロン少年の授業に出ないよう他の生徒たちに睨みを効かせていたらしい。魔法学院の理念である〝生徒は平等〟にも反する前時代的な行為である。
そしてアルマ様を巡り、決闘が行われ、シロン少年が勝利したことは、当紙面でも何度も報じてきたので、詳細は割愛させていただくが、この一件がシロン少年を一躍時の人とさせた。
平民が貴族に勝利するという前代未聞に驚かされたし、アルマ様との身分違いの恋も、多くの女性たちの胸をときめかしたことだろう。
気になる恋の行方であるが、雲行きが怪しくなってきた。
当紙面でも、アルマ様の覚悟は報じてきた。
彼女は後継者ではない。ならば、一族の繁栄を願い、有力もしくは有望な家に嫁ぐのが、貴族の家に生まれた女子の務めである。
平民との駆け落ちは、四大貴族ともなれば、なおさら外聞が悪いはずだ。
にもかかわらず、今のところチェイシー家に動きはない。
何か考えがあってのことだろうが、それはカークランド家に対して隙を見せることと同義である
いや、元を辿れば、シロン少年を最初に見出したのはカークランド家なのだから、この言い方は正しくないのかもしれない。
彼の王都での住まいはカークランド家の別邸である。
カークランド家にとっての王都での拠点にして、最前線である。
魔法学院の生徒であるレイラ様も頻繁に出入りしていらっしゃる。
アルマ様に引けを取らぬ美貌の持ち主であり、先日、魔法学院の卒業資格を飛び級で得た彼女と、シロン少年の距離が近くなってしまうのも当然の帰結であろう。
そのお二人が休日に王都にお出かけするのも必然である。
〝王都の母〟の異名を持ち、当たると評判の占い師に相性を視てもらえば、抜群であるという結果が出て、これまた人気の軽食店〝王女の救い手〟でキッシュを堪能するのも、何ら問題はないのだ。
もっとも、アルマ様にとっては見過ごせない事態だ。チェイシー家が出資している店で、仲良く朝食を楽しむという攻撃に、給仕に扮したご本人が参戦するという反撃である。
その後も両者の激しい攻撃が応酬された。
若い女子に大人気の仕立屋〝
またシロン少年の希望により立ち寄った雑貨屋で、彼が熱心に吟味していた箒を選び、それぞれ購入してあげたという。
何故、箒なのかという不可解さは残るが、端から見ていて、三人は終始、ほほえましい様子であった。
とはいえ、お二人は高貴な女性であり、その美貌もさることながら、飛び級での魔法学院卒業見込みの才女であり、まことに甲乙付けがたい。
一体、シロン少年がどちらを選ぶのか、今後も当紙面は見守っていきたい。
「……あ、あの、いかがでしょうか?」
大衆紙〝
先ほどまで繰り広げられていた〝
職業柄、尾行は必須技能であり、自信もあった。入社して五年目で、一人で取材をするようになったここ二年は、対象者から一度も見破られていなかった。
それをあっさりと、あたかもすれ違いざまに落とし物を落とし主に渡すくらいの気安さで、声を掛けられたときは、心臓が飛び出る思いであった。
絶対に殺される。そうでなくとも、拉致監禁は覚悟していたメイであったので、記事の草案を読ませろという第一声は、意外すぎて安堵することも忘れた。
「……もう少し、レイラお嬢様を印象良く書いていただきたかったのですが、やりすぎると逆効果でしょうし、これで良しとしましょう」
返事をすることも忘れ、半ば引ったくられた大事な記事の草案を返してくれた。
「あ、ありがとうございます」
メイは記事の草案を抱きしめる。
紙面に載る前の文章を関係者以外の第三者に読ませるという行為は、本来なら罷免モノである。
それでも、読者の声を直接聞けることが素直に嬉しかった。それがあまり好評価ではなかったとしても、貴重な機会である。
嬉しさを噛みしめるメイを現実に戻すがごとく、エマの後ろに誰かが現われた。
音もなかったので、魔法か何かだと思ったが、瞬間移動の魔法は失われて久しいはずだし、使い手も限られていたと文献にあった。
純粋な体術だろうか。遙か東の国の達人はシュクチホウという技で、まるで大地を縮めたかのように素早く動くことができると聞く。
どうなんだろうかと興味を覚えたメイが、その人物を見る。
目の前のエマと同じメイド服を身につける若い女性だった。
ただ、所々破け、血に染まっている。
「っ!?」
「どうしたのですか?」
息を飲むメイとは対照的に、エマは冷静に振り返る。
「き、緊急事態です! 先ほどの盗人を捕獲しようとしましたが、その……」
「取り逃がした、とでもいうのですか?」
歯切れの悪いメイドに対し、エマは眉をひそめる。
「いえ、取り逃がしてはいません。ですが、その……」
「報告は明確になさい」
「は、はい! 追い詰めたのち、犯人が、じ、人外の者に変化いたしました」
「人外? それは物語の中に出てくるようなモノですか?」
「はい。申し訳ありません。私どもでは対処しきれず……」
メイドは頭を下げるがふらつき、エマが支える。
「す、すみません!」
「気になさらずに。あなたは戻り、治療を」
「ありがとうございます……あと、シロン様を呼びに行くと、モリーが……」
「っ!? あのバカ!」
舌打ちをしたエマは、メイに向き直る。
「申し訳ありませんが、彼女をカークランド家に連れて行っていただけませんか?」
「え? あ、はい。それは構いませんが……あの、衛兵を呼びましょうか?」
メイの問いかけにエマは首を横に振る。
「それには及びません。カタはわたくしがつけます」
どこからか取り出したロングソードを両手に、文字通り、エマは消えた。
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