VSメイド

 店を出たシロンは、人混みに紛れながらひったくり犯を追いかけようとした。

 だが、待ったがかけられる。


「どちらへ行かれるのですか?」


 エマがシロンの左手を掴み、鋭い眼差しを向けてくる。


「犯人を追いかけないと」

「それはシロン様がすべきことではありません。お戻りください」

「でも、困っている人がいたら助けなさいって、教えられてきたので」

「その心がけはご立派だと思います。ですが、重ねて申し上げます。シロン様がすべきことではありません。犯人追跡は衛兵に任せて、お嬢様のお相手をしてあげてください」


 エマの言いたいことはわかる。

 わざわざシロンが首を突っ込むことではない。こういった案件の対処を仕事としている衛兵の出番だ。

 今、やるべきこと、物事の優先順位を間違えてはならない。

 しかし、被害者の女性を見ているといてもたってもいられない。

 よほど大切な荷物だったのか、天下の往来の真ん中でうずくまるようにして泣いている。


「あの姿を見せられては、僕としても、なんとかしてあげたくて」

「シロン様はお優しいのですね。ですが、今日は、今日だけは、お嬢様のおそばにいてあげてくださいまし」

「だから――」


 まったく話を聞いてくれないエマに苛立ちを覚えるシロンであったが、エマは口元に人差し指をあてがい、続きを遮る。


「しょうがありませんね。わたくしどもが犯人を捕らえて参りましょう」


 いつの間にかエマの後ろに控えるメイドたち。

 今朝シロンの準備を手伝った者たちだ。


「いや、そんなメイドの皆さんじゃ……」


 荒事に対応できないのでは、というシロンの疑問に、エマはにっこりと笑顔を返す。


いやしくもカークランド家に仕える者として、これぐらい対処できなければ務まりませんから」


 さらりと言ってのけるエマの自信は本物だ。

 主人を不逞な輩から守ることも従者の務めである。


「さ、あなたたち」


 エマが目配せすると、メイドたちは消えるように追跡へと向かった。


「では、シロン様はお嬢様との朝食をお楽しみください」

「それなんですが……ちょっと戻りづらいというか……」


 今回のデートプランは完全に裏目に出ていることも含め、シロンは正直に中での様子を話した。

 

「それは由々しき事態ではありませんね」

「そうなんですよ。エマさんには申し訳ないですけど、正直、次の目的地に行くのが気が重くて……」

「いえ、わたくしが懸念しているのは、そのことではありません」


 プランにケチを付けられたことに腹を立てる風もなく、エマは周囲を警戒しはじめた。


「え? どうかしたんですか?」

「チェイシー家のアルマ様がいらっしゃるということは、奴も来ているということです」

「奴?」


 シロンが首を傾げると、背後からにゅっと二本の手が伸びてきた。

 小麦色に焼けたその手は、シロンが反応するよりも早く、シロンを抱きしめる。


「はいはーい! アルマ様のメイドやってまーす。メリッサでーす! よろしくね、シロン様~!」

「わっ、ちょ、離れて!」

「あは! 慌てちゃって、かわいいー」


 シロンの後頭部に主張の激しい胸を押しつけるメリッサは、その小麦色の肌に映えるツインテールの金髪を揺らす。


「シロン様から離れなさい、このあばずれっ!」


 エマはどこからともなく取り出した愛剣であるロングソードの切っ先をメリッサに突きつける。


「ちょっと、おばさん何考えてんの? 牢屋にぶちこまれたいの?」


 大勢が行き交う王都のメインストリートでの抜剣は問題になる。

 不機嫌そうに、しかしシロンを放さないメリッサが言い終わると同時に、周囲の人々が気づき、蜘蛛の子を散らすように離れる。

 半径十メートル以上のスペースができてしまった。


「……今、なんとおっしゃいましたか?」


 エマの殺気が膨れあがる。


「だめだ、エマさん!」

「そうそう、早くそんな物騒なモノしまっちゃいなよ、お・ば・さ・ん」


 シロンに便乗する形で煽るメリッサ。


「メリッサさん!」

「はいはーい! なんですか?」

「なんですか、じゃなくて……っ!?」

 

 シロンがたしなめようとする前に、エマが一閃する。

 だが、空振りだ。メリッサはシロンを抱いたまま、素早く後方に飛び退いた。


「あっぶなーい! ね、シロン様。こんな危ないおばさんなんかほっといて、チェイシー家にいきましょ? 絶賛、花嫁修業中のアルマ様がおいしいお菓子作ってくれるよ」

「いや、だから……」

「誰がおばさんですかァっ!!」


 エマがもう一度ロングソードを振るう。

 完全にキレてらっしゃる。その太刀筋は、シロンでも追い切れない。

 だが、


「んもーっ! 邪魔しないでよ、おばさんっ!!」


 メリッサは右腕で受ける。

 切り落とされたかと思いきや、彼女の右腕にはゴツい手甲が装着されていた。


「あなたこそ変わらないでしょうに、わたくしの一つ下なのですから」

「あ? メリッサの歳バラすとか、ありえないんですけど」


 こめかみに青筋を立てるエマを、ギャルっぽい口調でにらみ返すメリッサ。

 正確な歳は知られていないのだが、彼女もキレたようだ。頑なに放さなかったシロンを「ちょっと、ごめんね。すぐ終わらせるから」と脇にやる。

 そしてエマに向き直るとファイティングポーズをとった。


「なつかしいですわね。王立メイドアカデミー以来でしょうか?」

「うっさい。ヤるなら早くしな、〝斬撃女王スラッシュ・クイーン〟」


 チョイチョイと左手の四指で挑発するメリッサに、エマは静かにロングソードを構え、不敵に微笑む。


「その名は捨てたのです、〝果てなき拳インフィニティ・フィスト〟」

「メリッサをその名前で呼ぶんじゃねーっ!」


 メリッサが飛びかかり、二人のメイドの戦いが始まった。


「〝斬撃女王〟と〝果てなき拳〟って、どっちも伝説の女傭兵じゃねえかっ!?」

「なんで、メイド服着てるんだっ!?」

「バカ、知らないのかよっ? あいつら、今は貴族に仕えてるんだよ!」

「カークランドとチェイシーな」

「大物じゃないかっ!?」

「じゃ、代理戦争ってわけかっ!?」

「うひょー! こいつは面白くなってきたっ!」

「おい、どっちに賭ける?」

「〝斬撃女王〟だ!」

「俺は〝果てなき拳〟でっ!」


 二人のストリートファイトは、周囲を巻き込み、熱狂の渦を作る。

 その渦から一人逃れているシロンは、ハラハラし始める。

 このまま騒ぎが続けば衛兵がやって来て、二人とも捕らえてしまうだろう。

 なんとかして止めないと。


「無駄よ」


 シロンの胸の内を見透かしたかのように、レイラが隣に立つ。

 堪能したのだろうか、口の端にキッシュのカスが付いている。


「こうなったら二人とも止まらないわ」


 反対側にはアルマ。

 着替えてきた彼女は、両手にしたキッシュをモグモグし始める。


「じゃあ、どうすればいいのさ?」


 シロンの問いかけに二人は口を揃える。


「「ほっときましょう」」

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