オルグリアで朝食を

 占い師の露店を後にしたシロンたちは、朝食を摂るべく、カフェへとやって来た。

 〝王女の救い手セイブ・ザ・プリンセス〟という、なんとも仰々しい名であるが、キッシュが美味しいと評判の店である。

 狭い店内は、ファンシーな造りになっており、客は若い女性で埋め尽くされている。

 入口から長蛇の列がずらりと伸び、人気の高さが窺える。

 その店の一番奥にある席に、シロンとレイラは向かい合っていた。


「……」


 レイラは先ほどの占いを気にしているのか、ずっとムスッとしている。

 よく当たると評判だからと言った手前、占いだから気にするなとは言えず、シロンも対応に困っている。


 エマのプランは完全に裏目に出てしまった。

 店外で待機しているエマを恨みたいところであるが、彼女のプランに頼り切ってしまった自分も悪いのだ。

 是非とも、この店自慢のキッシュで、機嫌をなおしていただきたいところである。


 しかし、店内は混み合っていて、なかなか注文したモノが来ない。

 ここで、ウィットに富んだ会話を繰り広げられれば、レイラの機嫌とまではいかなくとも、間は持つが、シロンにそこまでの話術力はない。

 いたたまれない空気が漂う中、ただただ料理が運ばれてくるのを待つしかない。

 そんな風に考えていると、周囲の視線がこちらに向いているのに気づく。


「ねぇ、あれってシロンじゃないっ!?」

「えっ!? ホントだわっ!? でも、一緒にいるのって……?」

「アルマ様じゃないわね」

「誰なのっ!?」

「カークランド家のレイラ様だわっ!!」

「嘘っ!? もしかして浮気っ!?」

「うわ、最低……」

「純情そうな顔して、色欲に塗れているのね……」

「これだから男は……」


 非常にまずい。

 周囲の客たちの白い目が容赦なく突き刺さり、向かいのレイラのこめかみにもビキビキと青筋が浮かんでいる。

 全身から吹き出る嫌な汗をそのままに、シロンは何も言えず、俯いてしまう。

 今日は厄日だったのだろうか。占い師に訊いておくべきだったかもしれない。


「お待たせしましたー」


 そこへ抑揚はなく、やる気も感じられない声で、給仕が料理を運んできた。


「こちら、本日のおすすめキッシュと紅茶でございます。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

「はい、てっ!?」


 コトリ、コトリとキッシュの皿とティーカップを置いた給仕を見たシロンが目を丸くした。

 これでもかと言わんばかりのフリフリがあしらわれたエプロンドレスを身に纏うアルマが、無表情でトレイを小脇に抱え、片手を挙げる。


「おはよう、シロン」

「なんであんたがここにっ!?」


 シロンが挨拶を返す前に、レイラがテーブルをダンと叩いて立ち上がる。


「このお店は私の家が出資しているわ。今日、二人が来ると知ったから、潜入監視……もとい、臨時で雇ってもらったの」


 何やら不穏な単語が聞こえたが、アルマは涼しげな顔で言ってのける。


 彼女の実家、チェイシー家は、名だたる鍛冶師が工房を構える、無骨なイメージの東部貴族の旗頭である。

 騎士などに憧れを持つ少年や、かつて少年であった男性にとっては、心躍る場所であるが、女子には敬遠されがちである。

 それを払拭しようと、近年、チェイシー家では外食産業に力を入れていたりする。

 この〝王女の救い手〟のような、女子受けする店を東部で始めたところ、大ヒットし、王都に進出を果たしたのであった。


「さ、シロン。冷めないうちにどうぞ。それとも私がふーふーおまじないしたほうがいいかしら?」

「させるかー!」


 シロンのキッシュに息を吹きかけようとするアルマを、レイラが見事な水平チョップで制止する。


「何をするの?」

「それはこっちのセリフよっ! きょ、今日はわたしがシロンに、も、もてなしてもらう日なのっ!! 邪魔しないでっ!!」


 炎のように顔を真っ赤にさせるレイラの眼差しを、氷のような表情で受けるアルマ。

 まさに一瞬即発。

 シロンは今すぐにでも家に帰りたくなったが、周囲はにわかに盛り上がる。


「きゃー! 修羅場よ! 修羅場っ!」

「どちらを選ぶのかしら?」

「やっぱりアルマ様でしょっ!」

「でもレイラ様もいじらしくて可愛らしいし」

「あー、もう! 迷うわねっ!?」

「そうなんだけど、このぐらいの年頃だと、なんだか初々しい感じがするわね」

「大人の三角関係とか、どうしようもないくらいドロドロしちゃってるもんね」


 他人の不幸は蜜の味であり、他人の色恋沙汰ほど面白いものはない。

 若干、生暖かいものも混じるが、女性客らの興味津々な視線がシロンに突き刺さる。

 注目されることに慣れていないシロンは、ますます居心地が悪くなる。

 授業などで生徒たちや他の教師たちを相手にするのとはわけが違う。彼らは学びたいという純粋な欲求からくるものであるが、ここにいる女性客らは下世話な雰囲気がダダ漏れである。

 どの選択肢をチョイスしても批判されそうな気がして、何もしゃべれない。

 そんなシロンに、救いの手が差し伸べられる。


「きゃーっ!?」


 絹を引き裂くような悲鳴が店の外から上がる。


「泥棒よっ!? 誰かーっ!!」


 ひったくりにでもあったのだろうか。

 助けなければ。

 困ってる人がいたら、出来る範囲で良いから助けてあげなさい、というのが両親の教えである。シロンはすぐさま席を立つ。


「ごめん、ちょっと僕、行ってくるっ!!」

「あ、ちょっ!! シロンっ!?」

「(私を)お持ち帰りしないの?」

「「「「「「「「「「「「「「「あ、逃げた!」」」」」」」」」」」」」」」


 レイラとアルマと女性客らを全部無視し、シロンは店を後にした。 

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