王都の母

「遅い! なにグズグズしてんのよっ!?」


 部屋を出て、玄関に下りたシロンを待っていたのはレイラであった。

 白いブラウスに、首元には臙脂のリボンをあしらったブローチが留まり、赤いチェックのスカートという、お嬢様にしてはやや大人しめな格好である。


「ごめん、ごめん」

「ふん、レディを待たせるなんて、男としてはどうなのかしら?」

「悪かったよ。えっと……今日の装い、とっても似合ってるね」

「っ!? ほ、褒めて、ご、誤魔化そうとしたってダメなんだからねっ!?」

「いや、本当に、似合ってると思うよ」

「~~~~っ!?」


 ボン、と効果音が聞こえてきそうなほど、レイラは顔を赤く染める。

 それを見てシロンは少しだけ罪悪感を覚えた。

 服を褒めたのは、後ろに控えるエマのアドバイスがあったからだ。

 彼女がレイラに分からないよう、先ほど叩き込まれたブロックサインで催促したのだ。

 勿論、今日の服装はレイラに似合っていると、シロンは本心から思っている。


「表に馬車を用意しております。ささ、お二人とも」


 スケジュールが押していると言わんばかりに、エマが急かす。

 シロンは、かなり気が進まないが、左腕を〝く〟の字にして、レイラを見る。


「行こうか」

「ふ、ふん! し、しかたないわね!」


 レイラはシロンの腕に自身の右手を絡めた。


「いってらっしゃいませ。お嬢様、シロン様」


 エマにより開け放たれた扉の向こうには、シロンが初めて屋敷に訪れた時と同様に、執事やメイドたちが門までの道の端に並ぶ。

 一様に「いってらっしゃいませ」と頭を垂れるが、「あんなにお小さかったお嬢様が……」「うう、めでたいけれど、さみしいね」と、長く仕えているであろう年配の者たちは、目頭を押さえたり、憚らず嗚咽する者もいた。

 申し訳ないが、ちょっと引いてしまうシロンは、ご機嫌がダダ漏れのレイラとともに馬車に乗り込んだ。




★★★




 馬車に揺られ、王都のメインストリートにやって来た。

 平民街に位置するそこは、安息日ということもあってか、人でごった返していた。

 軒を連ねるのは様々な店。

 食料品から日用品、服や雑貨、料理店など、ここに来れば何でも揃うと言われているくらいだ。

 まだ昼前だというのに酒場も営業しており、たくましい髭をたくわえた親父どもが陽気に杯を重ねている。

 もはやカオスと言っても過言ではないメインストリートに、最初の目的地があった。

 それは露店であった。

 とはいえ、品物は一切陳列されていない。

 店主である老婆は、どこか妖しげな格好をしており、紫色の卓布の掛けられた小さなテーブルの上で手を組み、澄ました顔で通りを眺めている。

 手元には水晶玉が、金の台座の上に鎮座している。

 そう、占い師の店である。


「え? 最初に行くところが占いなのっ?」


 レイラの疑問はごもっともだ。

 買い物をした後で軽食をつまみ、景色の良い場所へ行ったりするのが、オーソドックスなデートプランであろう。

 確かに女性は占いの類いは好きである。恋人と一緒に相性占いなどを視てもらうのもいいだろう。しかし、のっけから占ってもらうのは奇をてらいすぎているし、相性が最悪であったら、その後が気まずい。

 そんなリスクは重々承知である。だが、エマの考案したデートプランは、ここからスタートとなってある。


「レイラは占いとか信じないの?」

「あまり信じないわ」


 彼女の性格ならそうだろう。誰かに言われたことよりも、自分で考え、選択した道を行くタイプだ。


「そっか……でも、ここの占い師さんはよく当たるって有名らしいよ」

「ふ、ふーん……せ、せっかくだから、占ってもらってもいいわよ」


 食いついた。

 流石エマである。考案したプランには、レイラの返答に対応したセリフが、細やかなシチュエーション別に記載されており、シロンはそれに従って会話したまでだ。

 一応、怪しまれないよう、棒読みにならないように気をつけている。


「じゃ、行ってみよう」


 シロンはレイラの手を引いて、馬車を降り、年老いた占い師の前に立つ。


「いらっしゃい」

「占ってもらってもいいですか?」

「ええ。何について占うかい?」

「えっと……僕と彼女の、あ、ああ、相性を」

「っ!?」


 ドモるシロンに、レイラが振り返る。

 口をパクパクしているが、言葉にならない。


「ふふふ、若いってのはいいねえ。ほれ、座った。座った」


 微笑ましそうな表情の老婆に促され、シロンとレイラは座る。


「じゃ、一つ占ってみようかね」


 老婆は妖しげな手つきで水晶に手を翳す。


「……ふむふむ。なるほど、なるほど……」


 得心するも、水晶に手を翳し続ける老婆をシロンとレイラは固唾を飲んで見守る。


「……出たぞい」


 老婆が水晶から手を離す。

 シロンとレイラは居住まいを正した。


「二人の相性は抜群じゃ」

「抜群っ!?」

「さよう」


 聞き返すシロンに老婆は頷く。

 レイラは声こそ上げないが、体を小刻みに揺すりながら、喜びを爆発させている。


「ただし、恋敵は多いのう」

「え? それって……?」


 シロンの視線を受け、老婆はニンマリと笑う。


「お前さん、女難の相が出ておるぞ」

「へ? あいたっ!?」

 

 太ももを抓られたシロンが横を向くと、先ほどの喜びようが嘘のように、不機嫌極まりない様子でレイラが睨みつけていた。

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