名もなき書

 シロンは解放されるために、レイラとアルマのどちらが有意義な本を借りてこられるかを競わせ、その勝者とデートするという提案をした。

 これにレイラは反発したが、意識せずアルマが挑発したことで、俄然やる気となった。

 そうして、図書館へと向かった二人は、借りられる冊数の上限である十冊を両手に抱えてダッシュで戻ってきた。


「は、早かったね」


 シロンは机の上にドンと置かれた本にビクッとなり、肩で息を切らし、血走った目で見てくるレイラとアルマにおののいた。


「は、早く確かめなさいよ」

「確認して」

「う、うん」


 二人に催促され、シロンは恐る恐る本を手に取る。

 まずはアルマが借りてきた本だ。


「〝男爵夫人のイケナイ夜〟、〝ベッドの舞踏会〟って、これ……!?」


 革張りの表紙、製本もしっかりしていて、一見、普通の本に思えるが、紛れもなく官能小説である。

 思春期の少年少女が大勢いる学院の図書館に、何故、このような教育上よろしくない物があるのかは謎であるが、アルマが借りてきた十冊は全て官能小説であった。


「シロンも読んで勉強して欲しい」

「何をっ!?」

「それを言わせるなんて……シロンも良い趣味性癖している」

「……」


 ウフフ、と妖しげに笑うアルマ。

 ツッコむのも疲れたのでシロンが黙っていると、レイラが鼻を鳴らした。


「勝負あったわね! さ、シロン。そんな、た、たた、ただれた女の本は置いといて、わたしの借りてきた本を見なさいよ!」


 途中、レイラが借りた官能小説を指さすときに、顔を赤らめてしまう初心なレイラであったが、自信はありそうだ。

 シロンは気を取り直してレイラが借りてきた本を手に取る。


「〝従者講座~対貴族編~〟〝忠実な犬になるために〟って、これも……」


 ハズレである。

 従者になりたいとは一言も言っていない。

 アルマ同様、レイラも十冊全部ハウツー本で占められている。

 と、思いきや、


「ん? なんだこの本……」


 シロンは一番下にあった一冊を手にする。

 黒革の表紙で、タイトルはなく、他の本よりも一回り小さい。


「そんなの借りたかしら?」


 レイラが首を傾げる。


「手帳みたい」

「言われてみればそうだ……ねっ!?」


 アルマに同意しながら、何気に開いてみたシロンは息を飲んだ。


「どうしたのよ?」

「い、いや、なんでもないよ……」


 言いながら、シロンは黒革の本を引き出しの中に入れた。

 二人の訝しむ視線が突き刺さるので、咳払いを一つする。


「えっと、この勝負なんだけど、勝者は……」


 レイラとアルマが生唾を飲み込むのがわかる。


「レイラ」

「やったぁっ!! って、べ、べべ、別に喜んでないわよっ!? 勘違いしないでよねっ!?」


 両手を突き上げたレイラがシロンの視線に気づき、使い古された感のあるツンデレ定番フレーズをのたまうが、口元が無茶苦茶緩んでいる。


「……」


 対するアルマは両手と両膝を地面に衝き、これまたお決まりのポーズで悔しがる。

 明暗分かれた二人を横目に、シロンは壁に掛かった時計に目をやる。


「あの、悪いんだけど、そろそろ……(授業の)準備とかもあるし」

「そ、そうよねっ!? (デートの)準備は大事よねっ! ほら、あんたも行くわよ」

「……」


 レイラは機嫌良く退室していく。

 その彼女に首根っこ掴まれたアルマは、恨めしそうにシロンを見た。

 シロンは苦笑を浮かべることしかできなかった。




★★★




 その夜。

 シロンは、カークランド家王都別邸にある自室のベッドに寝転がり、読書に耽っていた。

 手にするのは、レイラが持ってきた本に紛れていた黒革の本である。


 準備室で表紙をめくったとき、前書きとして、こう記されてあったのだ。


 ――この文字が読めるということは、私のご同輩であろう。転生者か転移者かわからぬが、この世界に来たことを歓迎する。その証として、この本を贈る。是非、新たな人生に役立ててほしい。――平木友哉ひらきともや改めシンシア・ターラント


 文字は日本語であった。

 著者は、いつの時代かは分からないが、同郷の男性で、おそらくこの世界の女性――貴族の子として転生したのであろう。

 それも前世の記憶とともに。


 この剣と魔法のファンタジーな世界で苦労をしたのだろうか。次のページには、この本の趣旨と使い方が書いてあった。


 この本は辞書であるらしい。

 調べたいことや疑問に思うことなどを「教えて」と念じれば、それに対しての記述があらわれるというのだ。


 確かに本の厚さは薄く、以降のページは白紙ばかりである。

 物は試し、とシロンは魔法についてみた。


 すると、サイドテーブルにある小さなランプの灯りであたかもあぶり出されたかのように文字が浮かび上がる。


 魔法は戦闘に特化した、幅の狭いモノであること。ただ以前は生活の一部でも使われ、便利であった、ということが書かれてある。


 ハッとなるシロンは、以前の、特に生活で使われていた魔法についても訊く。

  

 以前の生活で使われた魔法は、代表的なところだと炊事の際に魔法で火を起こしたり、建築物の建造に土魔法を用いたことなどであった。

 また生活が便利になるよう、魔道具が実用化され、一般的に使用されていたとのことだ。

 魔道具について、詳しく訊いてみると、現代日本にもあるような生活家電のような物があったらしい。

 他にも、通信に関わる物や、空を飛ぶ船などの交通機関も存在した。

 そしてこれらは、およそ一万年前に存在したとされる。


 魔法による超高度な文明があったのだ。しかし、五千年前の大地殻変動で多くの魔法に関する技術が失われた。残ったモノも、度重なる戦争で攻撃に特化することにシフトしていったのだ。 


 知られざる事実に驚くも、シロンは思った。

 どうしてシンシアはこのことを知っているのだろう、と。

 すると、辞書は教えてくれた。


 彼女には鑑定という技能が備わっていた。

 転生時のボーナスに神から与えられたスキルという、異世界系小説のテンプレに思えるが、失われた物事に対しても効力を発揮する、まさにチートスキルであった。

 その鑑定スキルを駆使し、百科事典を編纂し、名を上げた彼女は、自分と同じ転生者が異世界での生活で困らないよう、この黒革の辞書を秘密裏に作り出したそうだ。

 転生者の元へ必ず届き、その生涯を共にする。

 所有者以外には使用できず、手放そうとしても、生きている間は絶対に戻ってくるのである。

 

 まるで呪いにでもかかっているのではないか。その追跡能力は、GPSも真っ青だろう。

 だが、願ったり叶ったりだ。第三者にも悪用されない、自分だけのチートアイテム。これで無理して図書館に行かなくても済む。


 シロンは空が白んでくるまで、黒革の辞書をめくり続けた。

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