ギブアンドテイク
翌日。
「あ~、どうしたもんかなぁ~!」
シロンは自分の準備室の机で頭を抱えていた。
洗礼の儀を受けていないシロンは身分証がなく、図書館に入ることが許されない。
「そんなの、さっさと洗礼の儀を受けてくればいいじゃない」
ソファでくつろぐレイラが、シロンに淹れさせた紅茶を啜る。
アルマに遅れること三ヶ月。彼女も全ての単位を取得し、卒業資格を得た。
「簡単に言うけど、洗礼の儀を受けるってことは、王国民になるってことでしょ?」
「そうよ。それのどこが嫌なの?」
「嫌じゃないけど、親に一言もなくっていうのは、ちょっと……」
相談しようにも、ランドルフとエリルはどこで何をしているのかわからないし、最低五年は帰って来ないと言っていた。
「あんた、まだ成人してないんだっけ?」
「うん」
「そっか。ならご両親には話を通しておかないといけないわね」
「でしょ」
シロンが身を乗り出すが、レイラは気にせず、顎に手をやり、何やら思案し始めた。
「…………一つだけ方法があるわよ」
「え?」
「身分証を持たないあんたが、合法的に図書館の本を読む方法……聞きたい?」
「お願いします!」
シロンが頭を下げると、レイラは再び紅茶を啜り、足を組む。
「教えてあげてもいいけど、条件があるわ」
「何?」
「………………さい」
「え?」
「…………しなさい」
「ごめん、よく聞こえないよ」
「だ、だから!」
レイラは立ち上がり、ズビシっとシロンを指さす。
「わ、わたしとデートしなさいって言ってんのっ!」
「へ?」
「な、なによ! 嫌なのっ!?」
「い、嫌じゃないけど……」
「じゃあ、なによ! ほ、本当にアルマと結婚するつもりなのっ?」
最後は消え入りそうな声になるレイラは、何故か泣き出しそうになる。
「す、するわけないよ!」
あれは決闘での勝利報奨であり、バーナードの報奨の逆をいったまでだ。
「本当?」
「うん。少なくとも、僕にその気はないよ」
今は色恋よりも、夢を実現させることに集中したい。
「でも、なんで僕なんかと、で、デートしたいの?」
「べ、別にあんたに、き、気があるとか、そ、そんなんじゃないわよっ!」
「じゃあ、なんなのさ?」
「それは……こ、交換条件よ!」
「交換条件?」
「そ、そうよ! 図書館に入れないあんたが、図書館の本を読むには、図書館に入れるわたしが、本を借りてくればいいでしょ」
「そうだ! なんで、そんな簡単なことに気がつかなかったんだっ!?」
目から鱗のシロンに、レイラは得意気に続ける。
「で、その見返りとして、あんたはわたしを、た、楽しませないといけないのよ! ぜ、全力でねっ! そ、それぐらいしてもらわないと、割に合わないわ」
ギブアンドテイクである。
なるほど、確かにレイラにだけ労力を強いるのは忍びない。
「うん、いいよ」
「本当っ!?」
「でも、僕、王都はまだ詳しくないから、上手くエスコートとかできないと思うよ?」
「そ、それは追々覚えていけばいいわ……さ、最初はどこかのお店で、お、お昼を食べるとかでいいんじゃないかしら」
「そうだね。じゃ、今度調べておくよ」
「お、おしゃれなお店よっ! も、もちろん料理は美味しくなくちゃいけないわっ! あと、服もちゃんとしてないと嫌よっ!」
「う、うん」
割と注文が多いな、とシロンは鼻白んだ。
「そ、それで、あんたはどんな本を読みたいの?」
「あ、それはね!」
シロンは机の引き出しから一枚の羊皮紙を取り出す。
図書館でどんな本を借りるのか、忘れないようにメモをしておいたのだ。
「……こんなにあるの?」
受け取ったレイラは顔を引きつらせた。
A4サイズとほぼ同じ大きさの羊皮紙には、余白がないほどびっしりと書き込まれていたのだ。
とはいえ、本のタイトルが分からないので、こういった内容の本といった文章がつらつらと綴られているので、情報量としてはさほど多くはない。
「とりあえず、魔道具関係のモノはできるだけ……あ! 動力に関するやつは必須で!」
目をキラキラとさせるシロンに、レイラはちょっと引き気味で頷く。
「わ、わかったわよ……ん? きゃっ!?」
顔の左側に何やら気配を感じ、確認したレイラが飛び退いた。
拍子にシロンの借りて欲しい本のリストを取り落としてしまう。
床に落ちたそれをジッと凝視し、一心不乱にメモを取るアルマの姿があった。
「ア、アルマさんっ!?」
「あんた! いつ入ってきたのよっ!?」
メモを取り終えたのか、羽ペンと小さな羊皮紙を仕舞い、アルマは驚くシロンとレイラを順に見た。
「『あーどうしたもんかなー』のところからよ」
「割と最初からじゃないっ!?」
「っていうか、それ、僕の真似っ!? 全然、似てないっ!?」
さらに驚くレイラと、似せようと努力したとは思えない声マネにちょっぴり憤慨してしまうシロンの声が響く。
「大声で言わなくても聞こえるわ。この距離なら」
「大声になるのは、あんたのせいでしょっ!? この不法侵入者っ!?」
「不法侵入はあなたのほう」
アルマはスススとシロンの隣にすり寄る。
「えっ!? な、なにっ!?」
何をされるのか、若干恐怖を覚えるシロンに構わず、アルマはレイラを見据える。
「ここは私とシロンの愛の巣。部外者は出ていって」
「な、何言ってんのっ!? って、レイラっ!? 待つんだっ!! こんなところで上級魔法をぶっ放すのは危ないっ!! 杖を早く下ろしてっ!?」
「うっさいっ! あんたらを殺してわたしも死ぬっ!!」
修羅場でよく聞くセリフを口にしたレイラの目が本気だ。
なんとか思いとどまらせないといけない。シロンは苦し紛れに叫ぶ。
「撃ったらデートに行かないよっ!?」
「それはダメぇっ!!」
レイラはすぐさま杖を下ろした。
「デート行かないのは、やだぁ……」
レイラは、また泣き出しそうになる。
そんなに楽しみにしているのか。
大好きなぬいぐるみを取られまいとする小さな女の子みたいで、なんだか保護欲をそそられる。
「う、うん、わかったよ……いたっ!!」
レイラを慰めるように頷いたシロンであったが、脇腹をつねられた。
「浮気は許さない……」
犯人であるアルマは、二つ名の〝氷の姫〟に相応しい、凍てつく眼差しを向けてくる。
(もう、おうちに帰りたい……!)
二人の侯爵令嬢に挟まれたシロンが解放されるのは、これより数時間後のことだった。
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