変わる日常

 バーナードは決闘をけがしたとして、ウィンドルフ家から絶縁された。

 公爵家の一員から平民へと墜とされたのだ。

 これにより、彼は学院を去ることになった。


 すると、シロンの授業への参加希望者が殺到した。

 皆、バーナードがちらつかせていた、ウィンドルフ家の威光に怯えていただけで、本当はシロンの授業を受けたくてたまらなかったのだ。

 下に見ていたダニーら劣等生の急激な成績の向上を見せつけられては、大樹海出身というも記憶の遙か彼方へと消し去られた。


 そうして、初日の授業を上回る生徒たちが集まったため、シロンはクラスを三つに分けることにした。


 一つ目は、レイラやアルマなど、初日から受講していた六名のみのクラスである。

 授業が他の生徒たちより進んでいるため、今更、最初からというわけにはいかない。彼らにはそれぞれに合わせたカリキュラムを組んでいるのだ。

 ちなみに、他の生徒たちの間では、レイラたちは精鋭エリートクラスと呼ばれている。 


 二つ目は、四年生以上の上級生クラス、最後は、三年生以下の下級生クラスである。

 この二つのクラスに関しては、人数が集まりすぎたので、選抜試験を行い、五十名にまで絞らせてもらった。

 やはり多人数の生徒を見るのは難しい。少人数制がベストだが、授業を受けたい生徒たちの気持ちにも応えたい。

 落としどころとしては、シロンも頑張った方だと言えた。


 受け持つコマも増え、準備に時間を取られ、結果、シロンは忙しくなった。

 空き時間は生徒たちが準備室に詰め寄り、質問攻めに遭った。

 授業、もしくは魔法に関することならまだしも、アルマとの進展具合を聞いてくる女生徒たちが多く、大いに困った。

 個別に対応する時間もないので、入口の扉の横に質問箱を用意し、さらにその横の壁に掲示板を設け、質問に対する答えを掲載することにした。

 無論、勉学に関することのみであるが。


 それから、シロンの教え方を踏襲する教師たちが続々と現われた。

 彼らもウィンドルフ家を恐れていたらしく、もっと早くに実践してみたかったと口を揃えた。

 教師たちの間で〝シロン式〟と呼ばれるメソッドは、学院の教育システムに革命を起こし、のちに王国全体の魔法使いたちのレベルを格段に上げることとなる。


 一夜にして学院内での地位が好転したシロンであるが、王都でも時の人として、その名をしらしめた。

 あの決闘での勝ちっぷりは、平民たちの溜飲を下げ、貴族たちの興味をいたくそそった。

 シロンが街を歩けば、凱旋した英雄のように扱われ、居候先のカークランド家の王都別邸には、毎日のように貴族からの「一度、会って話がしたい」という趣旨の手紙が届くようになった。


 前世でも、ここまで注目されることはなかった。まるでアイドルか金メダリストにでもなった気分である。

 どこにいても誰かの目があり、休まる暇もない。

 これはかなり精神的にくるものがある。

 

 また、学院外でもアルマとの関係を聞かれ、辟易した。

 否定するが、聞き入れてもらえない。


 これは、アルマがとある新聞記者の取材に応じたとき、「彼が望むなら、いつでもチェイシーの名を捨てる覚悟ある」と爆弾発言をしたことに起因する。


 無口で愛想がない面もあるが、確かにアルマは美人だ。冗談でもアプローチされれば嬉しいものだ。


 しかし、彼女は生徒である。

 生徒に手を出すのは、やはり御法度だろう。

 せめて卒業してからと思うが、相手が貴族の娘というのは、何かと面倒なことになりそうである。

 本人がいくら離縁を望んでも、チェイシー家がすんなり手放すとは思えない。

 

 それはクローディアを見て感じていた。

 彼女はしたたかだ。

 皆が皆とは断言できないが、貴族は総じてしたたかな一面を持っているような気がする。


 気がつけば取り込まれていた、などということになりかねない。

 君子危うきに近寄らず、ではないが、なるべく接触を避けるべきだ。ゆえに、貴族からのお招きの手紙は、全て断りの返事を出している。


 ともかく、シロンは疲れていた。

 何もかもなげうって、故郷の森に帰りたい。

 エリルの作ったご飯を食べ、ランドルフと狩りに行き、ビリーたちと戯れたい。

 そんなことを思いながら、シロンは今日も眠るのであった。 

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