決闘②

 先手を打ってきたのはバーナードだった。


「はぁああっ! やっ!」


 一直線に向かってきては、力任せに木剣を打ち込んでくる。


 シロンはそれを受けず、体の向きを入れ替えるようにして、紙一重で躱す。

 反撃はせず、しばらく彼の好きなように攻めさせることにした。

 達人ともなれば、向かい合っただけで相手の実力が分かると言われているが、その時間もなかったため、こうしてバーナードの力量を見極めることにしたのだ。


 力に頼った、やや雑な太刀筋であるも、基本はしっかりしているようだ。

 一流貴族ともなれば、高名な指南役を召し抱えることもできるだろう。剣での勝負に臨むだけのことはある。


 ただ気になるのは、彼の使う木剣だ。

 こちらが手にしているものよりも、どうも重い気がする。パワー型の戦法で上手く誤魔化そうとしているようだが、明らかに風切り音が分厚い。

 芯となる部分に鉄か何かを仕込んでいるかもしれない。


 シロンは彼の攻撃を木剣で受けることはせず、このまま躱し続けるほうが良さそうだと判断した。

 木剣が破壊されれば、続行不可能と見なされ、こちらの負けになってしまう。

 絶対に勝たなくてはならないため、少しでも敗北となる可能性は消していきたい。シロンは観察を続けながら、バーナードの攻撃を避け続けた。


 しばらくするとバーナードが間合いを取った。


「す、少しは出来るようだな……」


 上から目線で言うも、息が上がっているのは明らかだ。


「だが、避けるだけでは勝てはしないぞ」

「そうですね」


 シロンは決闘が始まる前にクローディアに言われたことを思い出す。


 あまり長引かせてはだめよ。それから見ている人がわかるように勝ちなさい。


 バーナードの力量はわかった。

 彼の年齢としては出来る方だろう。同世代が相手ならまず負けないとは思う。

 しかし、シロンは遙か上を行く。

 物心ついた頃から稽古をつけてくれたランドルフと比べると、バーナードの剣技は児戯に等しい。


 彼に勝つことは容易い。一瞬で決めようと思えば決められる。


 だが、クローディアの注文通りに勝ちをおさめなければならない。

 この決闘の結末を見届けた大観衆の証人を得るためだということは、シロンもなんとなく察した。


「今度はこちらからいきます」


 告げると同時にシロンはバーナードへと向かう。


「なっ!?」


 かなり抑えた速度ではあったが、間合いを詰めたとき、彼はオーバーリアクションも甚だしいと思ってしまうほど驚愕していた。


「いただきました」


 シロンはバーナードの懐に潜り込み、切っ先を顎先に突きつけた。


「勝負あり! 勝者シロン!」


 国王が勝ち名乗りを上げると、場内が再び大歓声に包まれる。

 シロンはバーナードから離れた。


「そ、そんな馬鹿な!」


 バーナードは崩れ落ちた。

 その姿は哀れに見えるが、シロンは同情はしなかった。

 自業自得である。今回の敗北を教訓にし、これからは清く正しく、そして謙虚に生きて欲しい。そう思わずにはいられない。


 シロンがそんな風にバーナードを見つめていると、場内から「シーロン! シーロン!」のシュプレヒコールが巻き起こる。

 こんなに大勢の人間に自分の名前を呼ばれる経験のないシロンは照れた。

 が、応えないと収まりそうにない気もしたので、控えめに手を振ってみたりする。


「いいぞっ!!」

「よくやってくれたっ!!」

「お前は平民俺たちの誇りだっ!!」

「よく見るとかわいい~!」

「侯爵令嬢様と一緒に私ももらって~!」


 聞こえてくる声に、さらに恥ずかしくなってしまうシロン。

 その初々しさが観客たちの胸を打つ。


 歓声鳴り止まぬ中、一人、蚊帳の外にいた人物が動き出す。


「……はずがない。この私が……貴様のような下民に、負けるはずがないのだっ!!」


 敗北者のバーナードは、近くに転がっていた木剣を手にし、

 シロンの予想はおおむね当たっていた。抜き身の刀身がキラリと光る。


 気づいた観客の女性が悲鳴を上げる。

 他の観客も次々に気づき、騒ぎだし、つられてシロンも振り返る。


「もう遅い! 死ねっ!!」


 跳びかかるバーナードは、大上段から剣を振り下ろす。

 シロンが一刀両断される、その瞬間、カッと乾いた音が響いた。


「なっ!?」


 バーナードは愕然とした。


 ただの木剣では受けきれないはずが、シロンは受けたのである。

 手にする木剣の周りを魔力の膜が覆っていた。


「ま、魔法剣っ!?」

「もう決闘は終わったから、魔法は使ってもいいですよね」

「き、貴様~っ!!」


 バーナードは距離を取り、剣を捨て、詠唱を始めた。


「やめよっ!!」


 国王が一喝すると、警備に当たっていた王立騎士団が一斉に動き出す。

 そして、あっという間にバーナードを取り押さえた。


「離せっ!! 私を誰だと思っているんだっ!?」


 暴れ出すバーナードの前に一人の騎士が立つ。


「黙れ。これ以上、我がウィンドルフ家の恥を晒すな」

「あ、兄上っ!?」

「連れて行け」


 バーナードの兄が告げると、部下たちは「はっ」と声を揃えて出口へと向かう。

 それを見届けると、彼はシロンの元へと近づいてきた。

 おもむろに兜を脱ぐと、バーナードと同じ金髪が揺れる。


「愚弟が迷惑をかけた。すまない」

「い、いえ、そんな」

「……本当は色々と話をしたいが、まだ任務中でな。いずれまた会うことになるだろう」


 それだけ告げると彼は去って行った。


「……」


 バーナードのでもされるのだろうか。それは遠慮願いたい。


 立ち尽くすシロンへ、観客たちが思い出したかのように、再び歓声を送るのであった。

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