決闘
次の次の安息日。
王都の外れにある闘技場には、いつも以上の観客で溢れていた。
本来の、剣奴たちによる手に汗握る試合は行われず、一試合だけの特別興業。
その内容は、ウィンドルフ家の三男と平民の少年との決闘である。
なんでも、侯爵令嬢を賭けて、若い二人が戦うというのだから、俄然、盛り上がる。
貴族たちは自分たちが選ばれた者であるという自負がある。その代表ともいうべきウィンドルフ家の人間が、出自も怪しい平民風情に負けるはずがない。
当然、バーナードを応援する。
一方の平民たちは、事あるごとに虐げてきた貴族の鼻を明かしてもらいたいと思う者が殆どである。
特に女たちは、身分を超えた愛を手にしようとしているシロンに、感情移入している節がある。
たった一試合であるも、臨む者たちの背景のおかげで、日頃の何倍もの収益を出した、と興行主はホクホク顔である。
そんな外野の気持ちを理解することもできず、シロンは闘技場の舞台へと上がった。
どこかひっそりとした場所で行うものだと思っていただけに、ここまで大々的にやることにびっくりだ。
シロンは客席をぐるりと見渡しながら、手にした木剣を持ち替える。
魔法の撃ち合いかと思いきや、剣による決闘だ。
これはバーナード側の提案であった。
撃ち合えば、生命の危険が伴う。シロンはともかくウィンドルフ家の人間が傷つくことはあってはならない。
決して、魔法ではシロンに敵わないと判断したからではない、と何故か念を押された。
とはいえ、シロンの剣の腕も知っているはずだ。
〝
もしかしたら、バーナードは剣も得意なのかもしれない。
彼のすぐ上の兄は、王立騎士団で最年少の部隊長を務めている。それも偉大な家名に負けることなく、剣の腕で勝ち取ったというのだから、大したものである。
その兄から手ほどきを受けていたのであれば、バーナードを侮ることはできない。
シロンは気を引き締めながら、相手となるバーナードを見据えた。
が、彼はどこか落ち着かない様子で木剣の握りを確認している。
どういうことだろうか。シロンはしばらく彼を観察した。
すると、彼の視線がチラチラとある一箇所に向けられていることがわかった。
気にしているのは、観客席中央の最上段、臙脂の天幕でひさしが作られた特別席である。
その席に座ることを許されているのは、王国広しと言えども限られている。
それは王家の人間だ。
席数は三席。左右には王妃と末の子である王女が、そして真ん中には国王が座している。
バーナードは、この状況に戸惑っているのだ。
無理もない。自分が彼と同じ状況であったなら、同様の行動を取っていただろう。シロンはバーナードに対し、同情を禁じ得ない。
これはエマの策であった。
決闘の立会人を国王にしてもらうのはどうだろうか、という予想外な提案だった。
少し整理しよう。
まず決闘の回避は不可能だった。シロンの後ろ盾になりたいカークランド家であっても、そこまで援助することは出来ないし、援助をすれば家名にも傷が入る。
では、決闘を行うとして、勝つか負けるか、どちらが良いのか。
答えは勝つ方だ。
負けはシロンの立場以上にシロン自身の価値を落としてしまう。
後に挽回するほどの偉業を残したとしても、バーナードに負けたという過去がどこまでも付いてくる。それは今以上にウィンドルフ家の勢いを増長させる原因になりかねない。
ならば勝つしかない。
それもウィンドルフ家が手を出せない状況へ持っていかなければならない。
そこで王家である。
ウィンドルフ家の権力に対抗するには、さらにその上の力を借りるしかない。
もちろん、甥であっても、国王が直々に決闘の立ち会い人をやることはない。
それを覆したのは、シロン自身であった。
シロンの存在は、舞踏会を席巻していた。
齢十二にして魔法学院の講師を務める魔法と、賊を撃退した剣の腕を持つカークランドの秘中の秘。
一体、どんな人物なのかと、貴族たちが大いに騒いだ。
それは国王の耳にも入ることとなった。
国王と言えども人の子である。皆が騒げば興味をそそられるものだ。
そうして、通常、ありえないことであるが、国王は立ち会い人を受けたのである。
もちろん、クローディアが積極的に舞踏会や晩餐会に出席し、意図的にシロンの存在をほのめかしたことが大きい。
ここにいる貴族たちは、表向きはバーナードを応援するも、シロン見たさに集まったのが本音という者も少なくはない。
また、身分を超えた大観衆を集めたのもクローディアの采配によるものである。
ここにいる人々は、言わば証人となる。より多くの人間の前で白黒を付けることで、決闘の正当性を示すことができるのだ。
こうして実現した
立ち会い人である国王が立ち上がると、ざわついていた場内が一瞬にして静まる。
シロンは予め教わった作法に則り、バーナードと息を合わせ、国王の方を向いて跪いた。
「決闘を行う前に双方に問う」
国王は脇に控えた従者から羊皮紙を受け取り、広げた。
「バーナード・ヒュー・ウィンドルフ」
「はっ!」
「そなたが勝利した暁には、アルマ・シーズ・チェイシーとの婚姻を果たす、とあるが相違ないか?」
「はい、ございません!」
バーナードは声を裏返しながらも、大きく返事した。
国王は一つ頷き、シロンに向き直る。
「シロン」
「はっ」
「そなたが勝利した暁には、バーナード・ヒュー・ウィンドルフとアルマ・シーズ・チェイシーとの婚姻を破談させる、とあるが相違ないか?」
「はい、ございません」
「……シロン、面を上げい」
国王の呼びかけに従者たちが慌て始める。
段取りになかったようだ。場内もどうしたのだろうか、とどよめき出す。
しかし国王は、意に介さず続ける。
「よく顔を見たい。見せてはくれないか?」
さらにどよめく場内。
王国で一番偉いはずの国王が、平民にお願いをしたという事実が、その場にいる者たちを驚かせたのである。
「はい」
シロンはゆっくりと顔を上げた。
白い髭を胸元まで伸ばし、同じく白い髪を真ん中で分け、女性のように長く流した、王様然とした国王の顔は、とても穏やかであった。
そして、その髭に隠れた唇が動いた。
何かを呟いたようだが、聞こえなかった。
「もうよい」
右手で制止した国王は、ざわめきをかき消すように声を上げた。
「双方、立つがよい」
国王に従い、シロンたちは立ち上がり、向き合って木剣を構える。
「準備はよいな? では、始めぃ!」
国王の号令に、場内が割れんばかりの声で包まれた。
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